ユニバーサル・ミュージアムをめざして(3)
この文章は失語症以外の方を想定して書きました。失語症の方で読みにくい場合は、介助者とともに読んでください。失語症者の作業所「トークゆうゆう」(三田市)、失語症友の会「むつみ会」(明石市)、三田市に在住する小学生や中学生、市民団体「サイエンス・サロン」(兵庫県)のそれぞれの皆さんには、文章作成にあたって貴重な意見をいただきました。ありがとうございます。
平成22年から23年にかけてのミニ企画展 「ウサギさんようこそ!」の内、「ウサギってどんな動物?」と「神話(しんわ)や説話(せつわ)に登場するウサギ」の展示は、文章が変だと思われましたか? おみやげ用に持って帰っていただく展示の前の印刷物は、なぜあのような文章にする必要があるのでしょうか? そのホーム・ページ
http://hitohaku.jp/exhibits/temporary_old/2010/2011usagi.html
は、なぜ、あのようなファイルが並んでいるのでしょう? いぶかしく思った方がいらっしゃると思います。その理由を説明しましょう。
人と自然の博物館のホーム・ページにある「神話(しんわ)や説話(せつわ)に登場するウサギ」は、もうお読みいただけましたか?
ファイルは、
(1) 石原和三郎作詞・田村虎蔵 作曲 尋常小学唱歌「大黒様」原文(子ども向け)、『尋常小学唱歌 第二学年 中』[明治38年(1905年)]
(2) 南方熊楠(みなかたくまぐす)作 「兎と亀との話」 『牟婁新報』(大正4年1月1日)
(3) 山口昌男『アフリカの神話的世界』岩波新書F67より、「いたずら者の野兎の話」(エチオピア・スーダン国境の近くに住むアニュアック族の民話)
からできています。自分では、なかなか読んでみようとは思わない、ややこしい文章です。そこで、それぞれに
◎ 原文
◎ 子どもなどのために、やさしく書き直した文章
◎ 漢字、あるいは、ひらがなが読みにくい人のために書き直した文章
を作り、さらに「原文」と「子どもなどにやさしく書き直した文章」のふたつをテキスト・ファイルにしました。ただし、尋常小学唱歌「大黒様」は、原文が、明治時代の子どもを対象に書かれたものでしたので、あらためて、やさしく書き直しはせず、原文をそのままテキスト・ファイルにしました。
上がオリジナルの子ども向け「大黒様」、下は漢字を多くし、カッコ付きのルビをふった「大黒様」です。失語症者からは、よこ書きが読みやすいと言っていただいたのですが、右の「大黒様」はたて書きのままです。この文章は、四角くまとまっているので、たて書きでもわかりやすいのだそうです。
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読んでみると、もともと子ども向けだった「大黒様」を、漢字を多くしておとな向けにし、しかも、大きな文字でルビを振っています。その上、ルビの振り方は変です。ルビがカッコに入っています。
これは、ひらがなの多かった子ども向けの「大黒様」を、ひらがなが苦手な人でも読みやすいように、わざと漢字を多くしたのです。大きな字でルビを振ったのは、弱視や老眼の人でも読みやすいようにという配慮です。
わざわざカッコに入れたのはなぜでしょう?
高次脳機能障がいのひとつである失語症の方では、文章の行(ぎょう)を追って読んでいくのがむずかしいことがあるのです。そんな時には、「大きなルビが本文といっしょになって、よくわからなくなる。しかし、カッコに入れておけば、ルビだとはっきりわかる」という意見をいただいたからです。
絵や写真をつかって、文章のふんいきや意味を伝えることも大切だというご指摘も、失語症当事者からありました。そのために、できるだけ絵や写真を入れるようにしました。でも、失語症者以外にも、漢字、あるいは、ひらがなが読みにくい人がいますので、全面的にその意向に添うことはできませんでした。この点は、もっと工夫してみる価値がありそうです。
失語症者以外の「漢字や、ひらがなが読みにくい人」というのは、たとえば、在日外国人がそうです。たとえば、南アメリカから来てまだ間がない人は、ローマ字とともに、ひらがなが読みやすいでしょうし、中国や台湾、香港からやって来た人ならば、もともと漢字を使っておられたでしょうから、漢字が読みやすいかもしれません。
南方熊楠の「兎と亀との話」や、アフリカの民話「いたずら者の野兎の話」も同じです。このふたつは、原文が読みにくいので、子ども向けの読みやすいものを作り、それを漢字、あるいは、ひらがなが読みにくい人向けにルビを振ったものを作りました。
上から順に、南方熊楠「兎と亀との話」のオリジナル、子どもなどを対象にやさしく書きなおした「うさぎと かめとの話」、漢字、あるいは、ひらがなが読みにくい人に書きなおした「うさぎ(兎)と かめ(亀)との 話(はなし)」(よこ書き・たて長)
上から順に、アフリカの民話「いたずら者の野兎の話」のオリジナル、子どもなどを対象にやさしく書きなおした「いたずら者の のうさぎの話」、漢字、あるいは、ひらがなが読みにくい人に書きなおした「いたずら者(もの)の野兎(のうさぎ)の 話(はなし)」(よこ書き・たて長)
「兎と亀との話」と「いたずら者の野兎の話」は、子どもなどを対象にしたものち、漢字、あるいは、ひらがなが読みにくい人向けに作った文章はA3の大きな紙に印刷しました。これは、多くの絵や写真をつかい、行間をじゅうぶんにとって、大きな字であらわすためにそうしたのです。小学校の教科書がそうなっていますし、子どもは、裏にいたずら書きができそうです。
漢字、あるいは、ひらがなが読みにくい人向けに作った文章やよこ書き・たて長の作りは、失語症者の作業所「トークゆうゆう」(三田市)や失語症者の友の会「むつみ会」(明石市)の皆さんが、いっしょに考えてくれました。皆さんが「読みやすい」、「読みにくい」と意見を出し、それを聞いて、修正していくという作業をくり返したのです。文章作成のポイントは:
(1) ルビは大きく、文章に並べて、カッコに入れて書く。
(2) 漢字と、ひらがなが読みにくい人は、それぞれ違うので、ふつうの「ひらがなのルビ」だけでなく、文章によっては「漢字のルビ」も、あえて書く。たとえば、「うさぎ(兎)や かめ(亀)」、あるいは「彼(かれ)の せなか(背中)」がそうです。
(3) 「うさぎ(兎)や かめ(亀)」、あるいは「棘(とげ)つきの 魚(さかな)」といったように、意味の切れ目で、わざと一字空けてあります。空けることによって、意味が把握しやすくなるというご意見がありました。
(4) 日本語の文章はたて書きがふつうだが、失語症者には、たて書きは読みにくく、よこ書きは読みやすい。そのため、よこ書き・たて長のA3用紙をつかう。
という「ルール」ができあがりました。もちろん、このルールを作る時には、少数の失語症者に意見をうかがっただけです。本当の<ルール>にしていくためには、さらに多くの人の協力が必要です。しかし、さしあたっては、この「ルール」を採用することにしました。
つまり、漢字、あるいはひらがなが読みにくい人に読んでもらうには、ときに「漢字でルビを書く」という、普通にはない書き方をしなければならなかったり、特に失語症者にですが、よこ書き・たて長の印刷物が好まれるということです。
視覚障がい者など、スクリーン・リーダーをお使いの方のためには、少しむずかしい原文と、子どもなどを対象にやさしく書き直した文章のテキスト文を用意しました。スクリーン・リーダーとは、コンピュータの画面にある文章を、音声で読み上げるためのソフトです。普段から、ご自分用につかっていらっしゃるスクリーン・リーダーの使用を前提としたものです。
一般の晴眼者にはPDFファイルがよく利用されていますが、スクリーン・リーダーではPDFファイルを読み上げることはできないようなので(少なくとも、わたしが使っているスクリーン・リーダーでは、PDFファイルの読み上げができませんでした)、利用者の操作がかんたんなテキスト・ファイルを作成しました。
スクリーン・リーダーは、視覚障がい者だけではなく、多くの人に利用されています。
スクリーン・リーダーをお使いの方のためのテキスト・ファイルには、漢字、あるいはひらがなが読みにくい人向けに作った文章が含まれていません。これは、ルビを文章に並べて、カッコに入れて書いてあるので、スクリーン・リーダーを使った時、本文とカッコに入れたルビを二重に読んでしまうことがあるからです。
明治時代の唱歌や大正時代の文章も、のせました。今の子どもは、昔のものを知らないでしょう。でも、おじいさんや おばあさんなら 知っているかもしれません。ご家族でお楽しみ下さい。
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所
(ひょうごけんりつだいがく しぜん・かんきょうかがく けんきゅうじょ)
/ 兵庫県立人と自然の博物館
(/ ひょうごけんりつひととしぜんの はくぶつかん)
三谷 雅純
(みたに まさずみ)
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2010.12.14