ひとはく研究員の発表論文紹介(2020年)
草原内の防鹿柵の設置により、植物と昆虫の多様性が回復する
論文名:Construction of deer fences restores the diversity of butterflies and bumblebees as well as flowering plants in semi-natural grassland.著者名:中濱直之, 内田圭, 小山明日香, 岩崎貴也, 尾関雅章, 須賀丈
公表雑誌名:Biodiversity and Conservation 29巻, 2201-2215. 2020年
内容紹介:長野県霧ヶ峰はニッコウキスゲやレンゲツツジなどが咲き乱れる美しい草原が広がっていますが、近年のシカの増加により、こうした花々は大きな被害を受けています。そこでシカの侵入を防ぐ防鹿柵が設置されましたが、こうした柵の設置による保全効果は不明でした。今回、ライントランセクト法により昆虫 (チョウとマルハナバチ) と開花植物の保全効果を明らかにしました。その結果、昆虫・植物ともに柵内で大きく多様性が回復したことがわかりました。
(2020年12月発行)
防鹿柵の内側(左)と外側(右) 岩崎貴也博士撮影 |
博物館と生態学(32)自然史標本の価値と情報をすべての人に
論文名:Natural history collections for all: the struggle to raise public awareness著者名:高野温子
公表雑誌名:日本生態学会誌 70巻1号、129-133頁、2020年
内容紹介:本論文では、自然史系博物館の標本の価値を広く社会へ伝えるために、ひとはくが直近4年間に取り組んできた自然史レガシー継承・発信事業、植物標本デジタル化事業と標本画像からの標本ラベルOCR自動データ読み取り入力システムの紹介を行いました。ともすれば、なんでそんなに沢山(標本)いるの?1種1つでいいんじゃない?と言われがちな自然史標本。その価値を伝えるには、まず存在を知らしめる所から始めなければいけないと考えています。
(2020年12月発行)
花洛庵(京都市中京区)で開催した展示の様子 |
大阪府にヒメミコシガヤは産しない
論文名:No distribution of Carex laevissima Nakai in Osaka著者名:藤井俊夫・織田二郎
公表雑誌名:近畿植物同好会々誌:43:24-25(2020年)
内容紹介:レッドリスト記載種で、過去の情報が不明な植物が多数存在します。ヒメミコシガヤは最近のレッドリストで、中国と日本に分布するとされています。国内では大阪(絶滅)、兵庫(絶滅危惧Ia)、岡山(Ia類)に分布するとされてきました。国内の主な植物標本庫の調査により、大阪の分布の原情報と思われる標本を検討しました。その結果摂津国有馬郡産の標本が大阪府産とされていました。有馬郡は現在の兵庫県になり、大阪府の分布情報が訂正されることになりました。
(2020年12月発行)
摂津国を大阪と読み間違えたラベル(KYO所蔵) |
アリ擬態によるアリグモ属の捕食能力の制約
論文名:Constraints on the jumping and prey‑capture abilities of ant‑mimicking spiders (Salticidae, Salticinae, Myrmarachne))著者名:Yoshiaki Hashimoto*, Tomoji Endo, Takeshi Yamasaki, Fujio Hyodo & Takao Itioka(*責任著者)
公表雑誌名:Scientific reports, 10(1), 1-11. 2020.
https://www.nature.com/articles/s41598-020-75010-y (Open Access)
内容紹介:ハエトリグモ科のアリに擬態するアリグモ属が,ジャンプして獲物を捕獲するハエトリグモの仲間であるにも関わらず,跳躍力を大きく低下させ,獲物の捕獲成功率も減少させていることを,定量的に初めて示しました。アリグモ属のアリそっくりな擬態には高い防衛効果があることは,これまでの研究でわかっていましたが,その擬態が,同時に,捕食能力の低下という大きな不利益を課す諸刃の剣であることを,世界で初めて明らかにしました。
(2020年12月発行)
非擬態ハエトリグモは体長の3倍は跳躍できるが,アリグモは跳躍できなくなっている |
隔離強化が種認識ではなく棲み場所の好みによって生じる時により容易に種が共存する
論文名:Species coexist more easily if reinforcement is based on habitat preferences than on species recognition著者名:Daisuke Kyogoku・Hanna Kokko
公表雑誌名:Journal of Animal Ecology、89巻11号、2605-2616、2020年
内容紹介:モンシロチョウとスジグロシロチョウは互いによく似ていますが、棲んでいる場所や食べている植物が少し違います。このように互いに良く似た種が棲み分けているのは何故でしょう。種間交尾などを回避するためではないか、という仮説があります。この研究では計算機シミュレーションにより、種間交尾を避けるための棲み分けが容易に進化することを理論的に予測しました。生き物たちの棲み場所や資源の利用について新たな視点を提供する研究成果です。
(2020年12月発行)
食植性昆虫の棲み分け(宿主植物の分割)のイメージ |
種内適応荷重:多種共存のメカニズム
論文名:Intraspecific adaptation load: a mechanism for species coexistence著者名:山道真人・京極大助・入谷亮介・小林和也・高橋佑磨・鶴井(佐藤)香織・山尾僚・土畑重人・辻和希・近藤倫生
公表雑誌名:Trends in Ecology & Evolution、DOI:10.1016/j.tree.2020.05.011
内容紹介:クジャクの飾り羽やカブトムシの角は、我々の目を楽しませてくれます。こうした特徴の進化は、個体にとっては有利でも、種全体の増殖率への貢献は期待できないので、種の繁栄にとっては、いうなれば「ムダの進化」です。この論文ではこうした「ムダの進化」こそが自然界で多くの種が共存することを可能にしている可能性を、数式を用いた理論研究で示しました。種多様性の維持を説明する新たな(斬新な!)仮説を提案した研究です。
(2020年9月発行)
美しいが種の繁栄に役立たないクジャクの羽 |
地方公共交通分野へのソーシャル・インパクト・ボンドの導入可能性と運用スキームの提案
論文名:Possibility of Applying Social Impact Bonds and a Proposed Scheme for Public Transportation in Sparsely Populated Areas of Japan著者名:衛藤彬史
公表雑誌名:農村計画学会誌、38巻4号、477-485、2020年
内容紹介:この研究は地方の公共交通分野に、SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)の手法を導入できないか、検討したものです。聞き慣れない言葉かもしれませんが、上手に運用できれば、山間部のような交通の不便な地域で、行政コストを抑えつつ、持続的で質の高い移動手段を確保することにつながる可能性を秘めた手法です。
(2020年9月発行)
SIBによるコスト削減効果 |
育雛期間の進行に伴うアオバズクNinox scutulata japonicaの給餌内容の変化
論文名:Changes in feeding patterns of Brown Hawk-Owls (Ninox scutulata japonica) with the progress of the nestling period.著者名:溝田浩美・布野隆之・大谷剛
公表雑誌名:日本鳥学会誌(10月発行予定)
内容紹介:アオバズクがヒナに与えるエサを調べました。アオバズクは昆虫類を中心に、哺乳類や鳥類など様々なエサをヒナに与えていました。これらのエサうち、チョウ類と甲虫類はヒナに最も高頻度に与えられたエサでした。また、アオバズクは、生まれたばかりのヒナにチョウ類を与え、その後、ヒナの成長に伴って甲虫類を与えていました。親鳥は、ヒナの成長にあわせてエサを変えているようです。
(2020年9月発行)
調査対象としたアオバズク |
マイクロカプセル化ワサビ成分のヒアリ燻蒸効果
論文名:The effect of fumigation with microencapsulated allyl isothiocyanate in a gas-barrier bag against Solenopsis invicta (Hymenoptera: Formicidae)著者名:Yoshiaki Hashimoto, Hironori Sakamoto, Hiromi Asai, Masamitsu Yasoshima, Hui-Min Lin, Koichi Goka
公表雑誌名:Applied Entomology and Zoology https://doi.org/10.1007/s13355-020-00684-9 2020年(Online First)
内容紹介:ワサビ成分AITCは強力な防虫効果を持つ、天然由来の安全な成分です.今回、台湾で、マイクロカプセル化ワサビ成分を含有したペレットとガスバリアー性プラスチック袋を使った簡便な方法で、ダンボール箱内のヒアリの燻蒸実験を行いました。その結果、ヒアリを完全に燻蒸・殺虫できることが確かめられました。本研究は、ヒアリが侵入したコンテナ貨物が内陸部に持ち込まれた時にも、誰もが安全にヒアリを駆除できる方法を示した重要な成果と言えます。
(2020年9月発行)
ワサビペレットとプラスチック袋を用いた燻蒸方法。 ヒアリを入れたダンボール箱の上に、ペレット50gを設置している。 |
絶滅の危機に瀕したある日本淡水魚のddRADを用いた集団遺伝と系統
論文名:A ddRAD-based population genetics and phylogenetics of an endangered freshwater fish from Japan著者名:高橋鉄美・他12名
公表雑誌名:Conservation Genetics、オンラインファースト、2020年
内容紹介:ニッポンバラタナゴは日本固有の淡水魚ですが、外来亜種のタイリクバラタナゴとの交雑が進み、全国的にも純粋な個体群が激減しています。このため、環境省や兵庫県のレッドリストでは、絶滅危惧種に指定されています。兵庫県では、すでに本来の生息地だった河川からは姿を消してしまっています。本研究では、兵庫県の人口環境である「ため池」に生息する個体が、純粋なニッポンバラタナゴに極めて近いことを、高い精度で確認しました。
(2020年9月発行)
兵庫県で採集されたニッポンバラタナゴ |
ヒロハコモチイトゴケ種複合体の系統分類学的再検討によって判明した3新属(蘚類,コモチイトゴケ科)
論文名:Phylogenetic re-examination of the "Gammiella ceylonensis" complex reveals three new genera in the Pylaisiadelphaceae (Bryophyta)著者名:秋山弘之
公表雑誌名:Bryophyte Diversity and Evolution 41巻2号, 35-64. 2019年
内容紹介:ヒロハコモチイトゴケという名前で報告されていた蘚類について,世界各国の博物館に保管されているタイプ標本の検討とともに,アジア各地に赴いて採集した生植物を使って外部形態と分子系統解析を行い,これまで1種だと考えられてきた中に,3属5種が含まれていることが分かりました.小さな生きものの中に秘められた多様性は,当初の予想を遙かに超えていました.
(2020年3月発行)
ヒロハコモチイトゴケ | 分子系統樹 |
タンガニイカ湖に生息する、貝を産卵に使用するシクリッドの色彩変異
論文名:Colour variation of a shell-brooding cichlid fish from Lake Tanganyika著者名:高橋鉄美
公表雑誌名:Hydrobiologia、832巻1号、193-200、2019年
内容紹介:多くの魚は、体色を変化させます。例えばカレイ類は、体色を海底に似せて敵から発見され難くします。しかし、タンガニイカ湖で貝殻が散らばった砂底に生息するTelmatochromis temporalisでは、体色が変化する理由が不明でした。そこで、体色の濃さと貝の密度などを比較し、明色型が砂地への隠蔽、暗色型が貝の影に紛れるパターンマッチングであることが推測されました。本研究により、本種は体色によって、敵の目を欺く戦術が異なると考えられました。
(2020年3月発行)
左が明色型で、右が暗色型。暗色型は砂の上で目立つので、なぜこのような体色なのかが不明でした。 |
ウスギナツノタムラソウ及び種内分類群の分類学的研究:レクトタイプ指定と新変種の提案
論文名:Taxonomic study Salvia lutescens (Lamiaceae): Lectotype designations and proposal for a new variety, var. occidentalis著者名:高野温子
公表雑誌名:Acta Phytotaxonomica et Geobotanica 71巻1号、45-53頁、2020年
内容紹介:本論文は、ウスギナツノタムラソウ種内分類群のタイプ標本調査、および分子系統解析の結果(Takano 2017)に基づいて、ナツノタムラソウ(var. intermedia)とミヤマタムラソウ(var. crenata)のレクトタイプ指定を行い、これまでナツノタムラソウとされてきた近畿地方の植物を、新変種ニシノタムラソウ(var. occidentalis)として認めることを提案したものです。
(2020年3月発行)
ニシノタムラソウとナツノタムラソウ(左上図) 雄蕊の基部の毛の有無(矢印と赤丸)が識別点 |
砂浜海岸における維管束植物の種数ー面積関係:海浜植物相の保全に向けて
論文名:Species-area relationships in isolated coastal sandy patches: implications for the conservation of beach-dune flora in a rocky coastal region of western Japan著者名:黒田有寿茂・澤田佳宏
公表雑誌名:Applied Vegetation Science 22巻4号, 522-533.2019年
内容紹介:生育地・生息地の面積によって生きものの種類の数がどう変わるか、この種数-面積関係は100年以上前から今なお議論されている生態学の重要なテーマの一つで、様々なタイプのハビタットまた動植物で調べられてきました。本研究では、海浜植物の効果的な保全策の検討を主な目的に、種数-面積関係のほか、砂浜・砂丘のサイズや形状(海岸線の長さ、周辺の地形など)の影響、個々の海浜植物の面積依存性などについて調べました。
(2020年3月発行)
調査地の山陰海岸 海食崖の卓越する山陰海岸ですが、河口周辺や入江には砂浜・砂丘があり、様々な海浜植物が生育しています。 |
遺伝情報を長期保存できる昆虫乾燥標本の作製方法を新たに開発
論文名:Methods for retaining well-preserved DNA with dried specimens of insects.著者名:中濱直之, 井鷺裕司, 伊藤元己
公表雑誌名:European Journal of Entomology 116巻, 486-491. 2019年
内容紹介:昆虫の乾燥標本に含まれる遺伝情報は短時間で劣化します。そのため、昆虫乾燥標本を用いた遺伝解析は技術的に困難でした。この研究では、0.2mlチューブとプロピレングリコールを用いて長期間遺伝情報を保存できる昆虫標本の作製方法を開発しました。この方法では1標本あたり10円と費用も安く、また作業も簡単です。この手法を用いて昆虫標本が作製されると、それらは数十年後~数百年後の将来にとって、とても貴重な遺伝資源になります。
(2020年3月発行)
筋肉の一部を、プロピレングリコールをいれたチューブに入れて昆虫針に刺すだけ! QRコードからアクセスすると、詳しい方法を見ることができます。 |