日本のハチ学は,世界のトップレベルにあります。これは,岩田久二雄博士, 常木勝次博士,坂上昭一博士の三人のすぐれた先覚者が日本にいたからです。 この偉人たちをハチ研究へ引き込んだものは,子供の頃に読んだファーブル昆虫記 でした。 そして,三博士の後から生まれたハチ・アリ研究者の多くは,かれらの著作を読んで ハチやアリ研究の世界へと導かれることになったのです。 まさに,岩田久二雄博士,常木勝次博士,坂上昭一博士の三人は「日本のファーブル」なのです。
(神戸大学での最終講義 写真提供 内藤親彦 神戸大学) |
1905年5月 大阪に生まれる。京都大学副手,兵庫県立農科大学教授, 神戸大学教授での研究を通じて,狩りバチの比較習性学にとりくみ,約60 編の論文と17冊の観察手記、総説、児童書などを著す。 1994年11月29日 永眠(88才)。
著書の紹介(一般向けに書かれた著書の一部を紹介します)
「ハチの生活」 岩波書店 1974年
「自然観察者の手記」 朝日新聞社 1978年
「昆虫を見つめて50年」(I〜IV)朝日新聞社 1981-1986年
(三島市の御自宅で人と自然の博物館の紀要を前に 写真提供 中西明徳 人と自然の博物館) |
1908年9月 埼玉県に生まれる。
北海道大学助手、福井大学教授、そして退官後の三島市での研究を通じて、
約500編もの論文・出版物を著わし、1426の新種・新亜種(主に狩りバチと労働寄生性ハナバチ)
を記載する。
記載したハチ類は、日本産だけでなく台湾、モンゴル、フィリピン、
オーストラリアなどの世界各地のハチ類を含む。
日本産のタイプ標本は、一部個人コレクションとして保管されているものをのぞくと、
そのほとんどを人と自然の博物館に収蔵している
(外国産のタイプ標本は、スミソニアン研究所や英国自然史博物館など、
各国の博物館に分かれて収蔵)。
また,ハチ類の動物心理学的研究でも世界のトップレベルの論文を多数残している。
とくに,ハナダカバチのガラス管を使った人工巣による研究は,いまだに他の追随を許さない。
著書には一般向けの啓蒙書も有り,その本によってハチ・アリ研究の世界へ導かれた後進も多い。
1994年2月2日,永眠(享年86才)。
著書の紹介(一般向けに書かれた著書の一部を紹介します)
「戦線の博物学者」 日本出版社 1942年
「ハナダカバチ研究記」 札幌講談社 1948年
「アリの生活」 札幌講談社 1950年
(ボゴールの植物園でインドネシアの研究者と 写真提供 山根爽一 茨城大学) |
1927年1月 千葉県に生まれる。北海道大学講師,同大教授を通じて, ミツバチの行動学学からハナバチ類の比較社会学,そしてコハナバチ・ハリナシバチ の分類学を研究し,約350編の論文を残した。1996年11月4日 永眠(享年69才)。
著書の紹介(一般向けに書かれた著書の一部を紹介します)
「ミツバチのたどったみち」 思索社 1970年
「私のブラジルとそのハチたち」 思索社 1975年
「ハチとフィールドと」 思索社 1987年
(橋本佳明 人と自然の博物館)
人家のまわりで使われている竹筒や、建物の棟木にあいた穴などに、泥の栓 が詰まっていることがある。田園地帯、あるいは都市部でも周囲にそれなりの緑が ある環境に長く暮らしていれば、こういう竹筒や材木の穴(もとはといえば カミキリムシなど材に穿孔する甲虫が開けた穴だ)にハチが出入りしているのを 見かけたことのある人は少なくないにちがいない。 これは、借坑性カリバチ・ハナバチと呼ばれるハチの仲間が穴の中に巣をつくり 終えたときの、巣を閉鎖するための泥栓である。材木の場合には難しいが、竹筒で あれば、縦に割って中の巣の様子を簡単に観察ですることがきる。 筒の中には、泥壁で仕切られたいくつかの育房が直列に配置され、各育房にはみず みずしく成長したハチの幼虫がいたり、幼虫の食べる餌が詰まっていたり(ハチの卵が孵化せず、むなしく残っているのかもしれない)、食べ散らかした餌の残骸といくつかの褐色のまゆが転がっていたり(これは寄生バエだ)するだろう。竹筒の中につくられたハチの巣は、母バチの繁殖のための努力がどのように報われたか、その成果が一目にしてわかる仕掛けになっている。
そこで、ハチに巣をつくらせる意図で、一方の端が開口し、他端が節になった長さ20センチ程度、内径4〜20ミリくらいの竹筒を束にして風雨のあたらないところに置いたものを「竹筒トラップ」と呼び、借坑性ハチ類の生態を調べるための簡便な方法となっている。これは、竹材が簡単に手に入る極東や東南アジアならではの手法といえる。こうした竹筒トラップに入るハチは日本では50〜60種くらいいるが、地域によって、また周囲の環境によって入るハチは変わってくるはずだ。春に仕掛けて晩秋に回収すれば、その地点で夏の間に活動したハチの記録が豊富な生態情報とともに得られる。地域の環境情報を得るのにも、また環境教育の素材としても、有力な仕掛けになるだろう(詳しい方法を知りたい人は、人と自然の博物館 系統分類研究部 橋本までお問い合わせ下さい)。
(遠藤知二 神戸女学院大学)
(左:竹筒トラップ 右:竹筒に巣を作るハチの特徴 写真、絵 橋本佳明 人と自然の博物館)
竹筒やヨシなどの管に巣を作り子育てをおこなう習性を管住性という。管住性を有するハチ類は系統的にはハナバチ科とアナバチ科,スズメバチ科,ベッコウバチ科に属するハチ類で,本邦にはおよそ60種以上の管住性ハチ類が生息している。
管住性ハチ類の食性:管住性ハチ類には花粉・花蜜を集める植物性のものと,食植性昆虫類(チョウ目,バッタ目,甲虫目など)や昆虫捕食者であるクモ類などを狩る肉食性のものがいる。ただし,これらは幼虫の餌として集められるものであり,成虫の主要な餌は花蜜である。
管住性ハチ類の巣材と巣の構造:管住性ハチ類は普通一本の管内部を様々な材料で仕切って複数の小室(育房)を作る。ハチ類が育房の仕切壁として利用するものはドロや松ヤニなどの天然可塑材,あるいは葉片,ワラなどである。ハチ類は一つの育房に一匹の幼虫が成長するのに必要な量の餌をつめ終わると,ドロ粒や,あるいは葉片などの詰めもので育房の閉塞をおこなう。管の奥から入り口近くまで1匹の幼虫ごとに1つの育房を作っていき,最後に管口そのものを厚い仕切壁(入り口栓)で閉塞して一本の筒を完成する。
管住性ハチ類の営巣場所:近年まで,管住性ハチ類が種数・個体数ともに最も多く生息している場所は人里であったと考えられる。管住性ハチ類は,固定した場所(巣)へ幼虫の餌や仕切壁材をもちかえる,いわゆる中心場所採餌を行なう。このため,管住性ハチ類の生息には,営巣場所である管を中心として,比較的狭い域内幼虫の餌や仕切壁材を充足できることが必要である。従来の伝統的な農村部では竹やヨシなどが家屋やその周辺のしつらえに多用されてきた。また,家屋周囲の耕作地やその背後の山林草地には幼虫の餌や巣材となる資源が豊富に存在していた。現在では,農林業活動の形態の激変にともない,里山環境が消失しつつあり,典型的な里山昆虫である管住性ハチ類もその姿を消しつつある。
(橋本佳明 人と自然の博物館)
(1.竹筒トラップを覗いてみると,ドロのフタがされた竹筒がありました 2.ドロのフタがある竹筒を割ってみると 3.竹筒の中はドロで仕切られた小部屋があり,サナギ(前蛹)がつまっていました 写真 橋本佳明 人と自然の博物館) |
坂上昭一の指導の下で、大谷 剛が採用してきたデータ採取法。M・リンダウアーが1952年の論文で働きバチ2個体に採用したのが始まりで、大谷は徹底して、雄バチ、女王バチ、働きバチに採用した。
「1個体のすべての行動を記録していく」という単純な方法だが、大谷は5秒単位のタイムスケールを切った専用記録用紙を用いたために、すべての行動を漏らさず記録することに成功した。リンダウアーの記録では、自己グルーミングが完全に抜け落ち、大谷が観察した細かい行動の多くは記載されなかった。1個体追跡法は、J・アルトマンのサンプリング法でいけば、「個体集中法 focal animal sampling」に当たるが、専用記録用紙や行動記載法を込みにして、大谷は single individual trailing (=SIT) method と名付けている。このSIT法は、モンシロチョウ、ヤマトシジミ、オオゴマダラ、ハンミョウ、キベリハムシ(幼虫)、カブトムシ、ゲンジボタル、スズムシなどでも採用され、その虫の生活を素早く押えることができ、かつデジタル・データが確実に獲られることがわかってきた。タイムスケール記録用紙を使用することにより、「全く動かないこと」が1つの行動型であるという認識が得られると、動物の生活は「行動型の連鎖」であることがわかり、動物のなまの生活に触れることができる。さらに、タイムスケール記録用紙の行動型のデータは、デジタイザーを用いると、簡単にデジタル化ができる。これにより、コンピュータへの入力が楽にできるようになって、各行動型の比率や分布状況、相互関係などが素早く把握可能になり、特定の動物の生活基礎情報が確実に押さえられるのである。1個体追跡法の利点が理解され、昆虫全般に適用されれるようになれば、「ファーブル昆虫記」風の詳細記録がデジタル・データベースになることも可能である。
(大谷 剛 人と自然の博物館)
(一個体追跡法に使用する記録用紙と「タイムチェッカー」
写真 大谷 剛 人と自然の博物館)