(キアシナガバチ 写真 中谷康弘 橿原市昆虫館) |
真社会性昆虫(eusocial insects)と呼ばれる昆虫がいる。 アリ、スズメバチ、ミツバチ、シロアリといった具体的な名前をあげた 方がわかりよいだろう。これらは、女王とその多数の子供から成る集団 生活を営んでおり、女王は産卵専門、子供の一部(先に生まれた娘)は ワーカーとしてあとから生まれてくる自分の妹や弟たちを共同して養育 するというふうに、巣の中で分業を行っている。 スズメバチとアシナガバチは、代表的な真社会性のカリバチであり、別 項にあるように刺すハチの代表である。
温帯に住むこれらのハチでは、冬越しできるのは季節後半に生まれ た繁殖能力のあるメス(新女王)だけである(オスは交尾を済ませると その年のうちに死ぬ)。越冬後の新女王は、まずは独力で巣の建設と育児 にあたらなければならない。したがって、この時期のスズメバチやアシナ ガバチはじつは単独生活を営むハチと同じであり、多くの初期巣がつぶれ てしまう。このステージを乗り越えると、幼虫(娘)たちが次々と羽化し、 ワーカーとして巣作りや幼虫の食糧調達などさまざまな仕事を担ってくれ るようになり、女王は産卵に専念するようになる。巣は急速に成長し、秋 になるとスズメバチの巣では数百、アシナガバチでは数十のワーカーを擁 するようになり、おおむねワーカー数と同じくらいの数の次世代の新女王 とオスを生み出す(だから巣のワーカー数がもっとも多く、次世代の新女 王とオスになる幼虫をたくさん世話している秋がハチに刺されやすい危険 な季節である)。
単独性のカリバチと違って、スズメバチやアシナガバチでは毒針は もっぱら防衛用武器として使われている。餌を捕まえるときには大顎を使 い、肉団子にして巣に持ち帰る。アシナガバチの仲間が狙うのは主にチョ ウ目の幼虫、スズメバチでは、他のアシナガバチを狙うヒメスズメバチ、 セミ狩りのモンスズメバチ、何でも屋のキイロスズメバチなどさまざまで ある。また、オオスズメバチは集団で他のスズメバチやミツバチの巣を襲 うこともよく知られている。近年、都市部や郊外の住宅地でコガタスズメ バチやキイロスズメバチが増加して問題になっているが、その一因は天敵 であるオオスズメバチが減少したためと言われている。
(遠藤知二 神戸女学院大学)
(行動観察のために背番号をつけられたミツバチ 写真 大谷 剛 人と自然の博物館) |
ミツバチといえば、世界中に飼養地がひろがっているセイヨウミツバチ Apis mellifera を指す。日本の在来種、ニホンミツバチはトウヨウミツバチ の1亜種である。 ミツバチ属(Apis)には、オオミツバチ、ヒマラヤオオミツバチ、サバミツバチ 、コミツバチ、クロコミツバチを入れた7種がおり、亜種から昇格しそうなの が2種ある。 ミツバチ科には日本にいるミツバチ亜科、マルハナバチ亜科のほかに、熱帯 雨林に棲むハリナシバチ亜科とシタバチ亜科がいる。ミツバチ上科はApoidea の直訳だが、ハナバチ類を指すので、ハナバチ上科を使う人もいる。 最近の分類では、かつてのアナバチ上科をミツバチ上科に組み入れ、アナバチ 型ハチ類とハナバチ型ハチ類に大別している。
セイヨウミツバチの生活の特徴は、自活能力のない女王バチと雄バチを 含む社会生活、自前の蝋でつくる垂直多段巣、閉鎖空間での営巣、カースト 別巣室、働きバチの齢差分業、分蜂による繁殖と越年営巣、収穫ダンスによる コミュニケーションが挙げられ、項目としてはニホンミツバチと共通である。 働きバチの齢差分業は、日齢により仕事の内容が少しずつ変化していくという ユニークなもので、一部は体内の分泌腺の遺伝的特性と結び付いているが、 多くの仕事は巣室の利用構造と関連し、働きバチが次第に巣の中心部から周辺 部へ移っていくことで説明されている。
収穫ダンスによるコミュニケーションは、カール・フォン・フリッシュ が発見したためにノーベル賞の対象になり、学校教育の場ではもはや揺るぎ ない事実として教えられている。しかし、1967年以来、ミツバチたちはコミ ュニケーションとして使用していないのではないか、という疑義は解消され ておらず、A・ウェンナーとP・ウェルズによる「匂い説」は「ダンス説」派 から無視されがちであるが、消滅はしていない。(大谷 剛 人と自然の博物館)
クワッキング (quacking) 音声データ
セイヨウミツバチの女王バチの鳴き声は、クイーン・パイピングと呼ばれているが 、王台(女王バチ専用巣室)の中で羽化し、王台からの脱出を阻まれている女王バチが 発する鳴き声は、クワック、クワックと聞こえるので、クワッキングとして区別され る。たいていは、すでに羽化して歩き回っている女王バチが、トゥー、トゥー、トゥ ー、・・・という鳴き声 (トゥーティングtooting と呼んでいる) を発すると、それ に答えるようにクワッキングする。筆者はクワッキングを聞いていないが、処女王が 働きバチの攻撃を受けたとき、筆者がシュリーキング (shrieking) と名付けた (Oht ani 1994)、一種の悲鳴音を発するのを聞いている。
クイーン・パイピングは処女王の攻撃性とからんで発せられるもの (産卵女王の発 音は知られていない) だが、働きバチでもワーカー・パイピングという発音が報告さ れている (Ohtani & Kamada 1980; Shneider & Gary 1984; Pratt et al. 1996)。
シュリーキング (shrieking) 音声データ
セイヨウミツバチでは古くから処女王が高音の鳴き声を発することが知られており 、クイーン・パイピングと呼ばれている。そのうち、羽化してライバルを探しまわっ ている処女王が発するものをトゥーティング (tooting) 、それに答えて王台の中で 発するものをクワッキング (quacking) と呼んで区別している。どちらも鳴き声の 印象からつけられた。
大谷 剛 (Ohtani 1994) は2つのクイーン・パイピング以外の鳴き声を観察巣箱で 観察した。トゥティングは女王が歩みをとめて胸を足元におしつけ、尻を斜め上方に あげて、トゥー、トゥー、トゥー、・・・・(私にはプー、プーというふうに聞こえ る)とだんだん間隔が短くなっていく鳴き方だが、その女王が働きバチに羽の基部や 足などにかみつかれたとき、トゥーティングよりやや低めの音で不規則に引き伸ばす プー・・・・・が発せられた。いじめられているときの「悲鳴・金切声」という意味 でシュリーキングと名付けられた。
トゥーティング (tooting) A 音声データA 音声データB
セイヨウミツバチでは、処女王が発する高音のクイーン・パイピングが昔から知ら れていたが、働きバチのワーカー・パイピングも近年報告されている。
クイーン・パイピングは今までに3種類、クワッキング、シュリーキング、トゥー ティング(トゥはtouでなくtuと発音)が知られている。最後のもの (前2者はその項参 照) は、歩き回っていた女王が立ち止まって胸を足元におしつけ、羽を閉じたまま、 toot、toot、toot、toot、tootとだんだん間隔が短くなっていく鳴き方をする。処女 王は姉妹でも他の処女王に対する攻撃性が高く、巣内を歩き回ってライバルを探す。 このとき、ひんぱんにトゥーティングをするのである。ライバルが働きバチに邪魔さ れて王台内にいるときは、弱々しい鳴き方でトゥーティングに答えるが、それをクワ ッキングという。
観察巣箱の中で観察し、録音したトゥーティングのうち、少し高い音のほうをA、 少し低いほうをBとした。
(大谷 剛 人と自然の博物館)
“軍隊アリ”は分類学的にはグンタイアリ亜科Ecitoninae, サスライアリ亜科Dorylinae ,ヒメサスライアリ亜科Aenictinae の三つの別の亜科に含まれるアリの総称です。これら3亜科のアリが “軍隊アリ”とよばれるのは,彼らがふつう数万にもおよぶ働きアリを擁 する巨大コロニーを形成し,定まった巣はもたず,いつも隊列を組んで 行軍し(さすらい),小動物を集団で襲撃するからです。これら3亜科の “軍隊アリ”は分布する地域が異なっています。グンタイアリ亜科は中 南米を中心に,サスライアリ亜科とヒメサスライアリ亜科は,ともにオ ーストラリアを含む旧大陸の熱帯に分布しています。
グンタイアリ亜科の一部の種を除けば,働きアリに目がないのも “軍隊アリ”に共通した特徴です。盲目の大集団が,一糸乱れずに,行進 し獲物を襲うのです。また,女王アリに翅がなくコロニーが分裂を通じて 増殖することも共通の特徴です。“軍隊アリ”ではオスには羽があり,別 のコロニーのオスが飛んできて新女王と交尾します。交尾後の新女王は働 きアリの一部をひきつれて群を離れ,新しいコロニーを形成するのです。 女王アリは各コロニーに一匹しかいません。数万にもおよぶ巨大コロニーは, ただ1匹の母親が産み出したものなのです。
軍隊アリは,ふつう昆虫やトカゲ,鳥,ときにはヒトの赤ん坊まで, 出会ったものは手当たり次第に何でも襲って食べてしまいます。 しかし,ヒメサスライアリの仲間だけは,ほかのアリを襲って食べるアリ 喰い専門のアリです。ヒメサスライアリは餌食のアリを見つけると,何千, 何万という働きアリが怒涛のごとく巣のなかに侵入していき,ベルト・ コンベヤーのように獲物の幼虫やサナギをどんどんと運び出して行きます。 餌食にされたアリの方でも抵抗はしますが,ヒメサスライアリの数の力の 前にはまったくの無力で,働きアリは見る間にばらばらに切り刻まれて餌 にされてしまいます。
(橋本佳明 人と自然の博物館)
(左:オオアリを襲うツヤヒメサスライアリ 右:軍隊アリの増殖の方法 橋本佳明 人と自然の博物館)
クロニセハリアリは,ハリアリ亜科に属する体長3mmほどの黒褐色のアリです。街中の公園などに普通に住んでいるアリですが,土中に巣を作り,落葉下でトビムシ類を捕食しているので,地表でその姿を目にすることはほとんどありません。
(女王アリの繭に喰らいつく働きアリ型オス 写真 橋本佳明 人と自然の博物館) |
働きアリ型オスの変わった交尾行動
クロニセハリアリのコロニーは普通5匹ほどの女王アリと100匹前後の働きアリから構成されています。女王アリには有翅型と無翅で働きアリ型の2型があり,一つのコロニーに両タイプの女王アリ(脱翅した有翅型と無翅働きアリ型)がまじっていることが普通です。また,オスにも有翅型と無翅働きアリ型の2型があります。有翅型のオスは有翅型女王と巣を出て結婚飛行を行います。働きアリ型のオスは巣外に出ることなく,同じコロニーの新しく羽化してきた働きアリ型の女王アリと交尾を行います。働きアリ型オスは繭の上に乗って女王アリの羽化を待ち受けており,女王アリは完全に繭を脱ぎすてて動き出す前に交尾されてしまいます。働きアリ型オスは,羽化直後の働きアリ型オスにも交尾行動を取ることがあり,「交尾された」オスは何度も強く抱きしめられて傷つくためなのか死んでしまいます。
(女王アリ(右)のムチ打ち行動 写真 橋本佳明 人と自然の博物館) |
女王アリのムチ打ち行動
アリ類は食べた物を消化せずに「そのう」(社会胃)にたくわえておくことができます。「そのう」にたくわえた食料をコロニーの仲間に吐き戻して分け与える行動を「口移し餌交換」といいます。これまでハリアリ亜科のアリ類では口移し餌交換が進化しなかったとされていましたが,クロニセハリアリで口移し餌交換がはじめて発見されました。このアリでは,さらに,女王アリが女王アリとだけで餌交換を行い,同じコロニーの仲間であっても働きアリからの吐きもどしの要求を拒否するという他のアリ類では見られない習性もっています。女王アリが働きアリの吐き戻しを拒否するときには,その触角で働きアリに打ちすえる行動を示すので,これを(ちょっとふざけて,女王様の)「ムチ打ち行動」と命名しました。また,同じオスでも有翅型オスは口移し餌交換をしませんが,働きアリ型オスは働きアリから餌をもらい,女王アリに吐き戻します。このように,カースト(女王アリ・オスアリ・働きアリ)や有翅・無翅型で口移し餌交換の習性がことなる複雑な習性をもつことも,クロニセハリアリではじめて発見されました。
(橋本佳明 人と自然の博物館)
(産卵するバロコロラドニオイハリナシバチの女王 写真 井上民二 京都大学) |
ハリナシバチは、ミツバチに近いハナバチのなかまで、ミツバチとならんでもっとも複雑な社会生活を進化させたグループです。女王と働きバチからなる集団生活を営み、繁殖するときには巣分かれをおこないます。
ハリナシバチは現在世界で 400 種以上が知られています(ミツバチは世界で 8 種です)。ハリナシバチの分布は、中南米・東南アジア・オーストラリア・アフリカの熱帯・亜熱帯を中心とする地域に限られています。ハリナシバチは熱帯の植物の授粉にたいへん重要な役割を果たしており、熱帯林の生物多様性を保つうえで欠かせない存在です。
ハリナシバチのなかまは、多くが樹洞などの空洞に巣をつくります。しかし、木の枝の上、木の根元、土の中に巣をつくるもの、さらに、アリやシロアリがつくった巣の内部の空洞を利用するものもいます。巣のなかみは、野外の植物から集められた樹脂と働きバチが分泌したワックスの混合物でできています。樹脂には抗菌性があり、入口をこれでかためることでアリの侵入を防ぐのにも役立っています。巣のなかは、周辺部に蜜や花粉をためこんだ壷、中心部に育児をする部屋がつくられ、支柱で相互に固定されています。
ハリナシバチでは、巣分かれに際して新しい女王が元の巣を出て、働きバチが新しい巣の場所へ元の巣から巣の材料を運搬します。この運搬が約1年にわたってつづいたという報告もあります。
ハリナシバチのなかには、働きバチが産卵するものがあります。働きバチはメスですが、オスと交尾しておらず、産む卵はすべて未受精卵です。ハチの未受精卵はオスになり、受精卵がメスになるので、働きバチが産んだ卵は孵化してもすべてオスです。女王バチだけが働きバチや次の女王を産むことができます。働きバチが産む卵を女王バチが食べてしまう種類もいます。ハリナシバチの産卵習性はたいへん多様で、まだまだわからないことがたくさんあります。奥深い熱帯林のなかで、彼らは今もその謎を守りつづけているのです。
(須賀 丈 長野県自然保護研究所)