3-1. ハチ・アリのくらし(膜翅目昆虫の習性の進化) |
(絵 橋本佳明 人と自然の博物館) |
ハチの生活は、チョウ・ガと同様な生活から始まったと考えられる。 つまり、幼虫が葉や茎などの植物を食べ、成虫はその食草に産卵すると いう生活である。広腰亜目のハチたちはいまもその生活を送っている。 こうした植物食の生活から、一部のハチたちは昆虫食に転じた。植物の 組織に卵を産み込むのではなく、昆虫の組織に産卵し、幼虫はその生血 をすすって生きていく。かつて、人間の腸内で栄養分をかすめとってい たカイチュウやサナダムシといった寄生虫の生活と似ているので、昆虫 食に転じたハチのグループは「寄生蜂」と呼ばれた。 しかし、幼虫が育つと、寄主を食い殺してしまうので、寄生蜂の生活様 式は「捕食寄生」と呼ばれている。寄生蜂たちが他の昆虫の体内に卵を 産み込むためには、素早い行動と多様な行動が必要になる。 そして、肉食の手強い獲物には、さらに産卵管の分泌液を毒液に変えて、 産卵管を毒針として使用する必要性が生じた。産卵管が毒針として特殊 化すると、卵を通過させる機能に支障が出て、卵は毒針の根元から産み 出すようになる。卵が獲物の体内に産み込まれなくなると、獲物が麻酔 からさめて動きまわるとき、体表の卵は危険になる。それなら、いっそ のこと獲物をずっと眠らせておけばよい。ずっと眠らせておくには、獲 物を安置する「巣」が必要になる。ここに、獲物を狩りして麻酔し、そ の獲物を隠しておく巣をつくる(またはつくっておく)という狩りバチの 生活スタイルができあがる。昆虫食の狩りバチの一部は、もう一度植物 食へ転換する。狩りをやめて、花粉と花蜜の採集に転じると、体表に毛 が生え、後ろ足に花粉かごができ、ハナバチと呼ばれるようになる。 狩りバチとハナバチの一部には、1匹だけの生活から集団生活を営むもの が出てきたが、それは狩りバチ時代の豊富な行動型の転用によって可能 なったと考えられる。
(大谷 剛 人と自然の博物館)
(寄生バチの仲間は錐状の産卵管で寄主の体内に卵を産み込む 絵 橋本佳明 人と自然の博物館) |
(ハバチの仲間はノコギリ状の産卵管で植物に卵を産み込む 絵 橋本佳明 人と自然の博物館) |
(狩りバチの仲間では産卵管は獲物に麻酔薬や毒の注射器に変化している 絵 橋本佳明 人と自然の博物館) |
(カブラハバチの交尾 写真 内藤親彦) |
広腰亜目は世界中に広く分布し,14科約1万種が現存すると考えられている.その多くは北半球の温帯から亜寒帯にかけて分布しており,日本からはそのうちの11科に属する約700種が記録されている.ハチの仲間であるが,成虫は腰にくびれがなく,腹部先端に毒針を持たず,そのかわりに植物の葉や茎を切り裂くための鋸(のこぎり)状の産卵管を持つ.樹木の幹に産卵するキバチ科ではドリル状の長い産卵管を持っている.体長数mmから,大きいものでは3cmを超える.自由生活をする幼虫は芋虫型で,チョウやガの幼虫に似るが,一般に毛がないことや,単眼が一対であること,腹脚が5対以上あることなどによって区別できる.茎,葉,木の幹などにもぐる幼虫や糸で葉を巻く幼虫では,腹脚の退化がみられる.
広腰亜目の成虫は,渓流沿いの下草の多い小径や林縁部,森に囲まれた草原などに豊富である.一般に寄主植物上を交尾の場としており,成虫も幼虫も寄生主植物を主な生活環境としている.年1世代の種が多く,成虫は植物が芽吹きはじめる早春から新緑のころにかけて出現する.メス成虫の食性は種によって異なり,羽化時点で卵を腹いっぱいに持ち,何も食べずに短期間のうちに産卵を終える種もあれば,頑丈な大あごでハムシやゾウムシを捕らえ,卵巣を発達させながら長期間にわたって産卵する種もある.幼虫は1種類の植物を寄主とする単食性の種が多いが,ハバチ類全体で見ると,寄主範囲はコケ植物,シダ植物,裸子植物,被子植物と広範囲におよんでいる.幼虫の生活用式も多様で,植物上を自由に動いて葉を食べる単独生活者が多いが,集合して葉を食べるもの,ネットを張るもの,材,茎,実,葉,雄花などにもぐるもの,葉を巻くもの,虫えい(虫瘤)をつくるものなどもいる.
(内藤親彦 神戸大学)
(マイマイガの幼虫から脱出したブランコサムライコマユバチ(Glyptapanteles liparidis)の白い繭 写真 前藤 薫 森林総合研究所) |
寄生バチは、寄主の匂いや寄主がかじった葉っぱから放出される匂い、あるいは寄主が活動する音などを手掛かりにして寄主を探しあてて、産卵管を突き立てる。しかし、ここから先の手順は寄生バチの種類によって異なり、大きく分けると二つの流儀がある。寄主の体に毒液を注入して麻酔するか殺したあとで卵を産みつけるタイプの寄生バチを殺傷寄生者(idiobiont)と呼び、孵化した幼虫は動けなくなった寄主の体液をすすって成長する。これに対して、産卵後も寄主を生かしたまま(摂食と成長を続けさせながら)寄生するタイプの寄生バチは、飼い殺し寄生者(koinobiont)と呼ばれる。
寄生バチはもともと、キバチなどの材内幼虫に寄生する殺傷寄生者だったと考えられている。殺傷寄生者の多くは、材やゴールのような植物体にひそむ寄主(幼虫や蛹)の体表にとりつく外部寄生者だが、卵から脱出する卵寄生バチも殺傷寄生者の仲間に入る。殺傷寄生者は寄主の隠れ家をそのまま利用できるので、外敵から身を守ることが容易である。しかし、餌として十分な大きさにまで成長した寄主しか利用できないうえ、植物体や遮蔽物の外で自由に生活する昆虫には寄生できないという制約がある。
飼い殺し寄生者はより進化した寄生バチで、生きた寄主の体内に宿る内部寄生者が多い。モンシロチョウの幼虫から這い出して黄色い繭塊をつむぐアオムシサムライコマユバチも、その一例である。自由生活者にも寄生できる飼い殺し寄生者は寄主メニューを飛躍的に増やし、バッタや働きアリのような活発な昆虫を利用するものまで現れた。しかし、昆虫の体内に宿ることは容易いことではない。寄主の生体防御反応を抑えたり、変態のタイミングを調節するため、飼い殺し寄生者は産卵と同時に、さまざまな生理的機能をもつ毒液や漿膜細胞、ポリドナウイルス(共生ウィルスとも親バチの遺伝子の欠片とも言われる)などを寄主の体内に放り込むことが知られている。
(前藤 薫 森林総合研究所)
(ヤマナラシハムシに産卵するハラボソコマユバチの一種(Microctonus sp.) 写真 前藤 薫 森林総合研究所) |
幼虫がほかの昆虫やクモの卵、幼虫、蛹あるいは成虫に寄生して食い殺してしまうハチの仲間を、寄生バチと呼ぶ。細腰亜目のうち有錐類の大部分と有剣類の一部(セイボウ上科やツチバチ類)、それに広腰亜目のヤドリキバチ上科が寄生バチとして知られる。昆虫に寄生するという制約から小さなハチが多く、卵に寄生するコバチには体長0.5mm以下という微小なものもいる。世界から6万種以上が記録されているが、分類が遅れているので実際の種数はこれをはるかに上回る。
ヤドリキバチ上科は、長い産卵管を材に深く突き刺し、キバチや甲虫の幼虫に卵を産みつけて外部寄生する。この上科は広腰亜目に分類されるが、系統学的には細腰亜目に近く、寄生バチの原始的なくらし方をのこしていると考える研究者が多い。ヤドリキバチ上科のほか、甲虫やハエに寄生するクロバチ上科などの化石がジュラ紀の地層から発見されており、寄生バチの起源は恐竜時代にまで遡る。
ハラビロクロバチ上科には、昆虫の卵やハエの幼虫に寄生するものが多い。コバチ上科は、さまざまな昆虫の卵・幼虫・蛹に寄生する代表的な寄生バチであるが、なかには種子などの植物組織を食べたりゴールをつくるものもいる。またタマバチは植物にゴールをつくるハチとして有名だが、実はタマバチ上科の大半は材食昆虫やハエなどの寄生バチであり、タマバチ科だけが植食性である。寄生バチから植食者への進化は、ヒメバチ上科(ヒメバチ科、コマユバチ科)でも知られていて興味深い。
ヒメバチ上科は比較的大型の寄生バチで、完全変態昆虫の幼虫や蛹に寄生するものが多い。これと近縁な有剣類にもセイボウ科やアリガタバチ科、カマバチ科、ツチバチ科などの寄生バチが含まれるおり、カリバチ、ハナバチ、スズメバチ、アリといった「高等なハチ」は、比較的原始的な寄生バチから進化したのだろうと考えられている。
(前藤 薫 森林総合研究所)
(アカオニグモを巣穴にひこずりこもうとしているキスジベッコウバチ
写真 遠藤知二) |
カリバチは、「狩り」をするという行動的特徴によってつけられたグループ名なので、分類学的なまとまりとは対応しない。ふつう、アリとハナバチを除く有剣類をカリバチと呼び、スズメバチとアシナガバチを社会性カリバチ、それ以外を単独性カリバチと称する。ここでは、単独性カリバチを紹介する。
「狩り」は、ハチの雌成虫が自分の子供(幼虫)のための動物性食物を調達するときの行動である。「狩り」と表現するのは、幼虫を育てるため小部屋(育房)をもつ構造物(巣)を設け、毒針によって麻痺させた餌をそこへ持ち運ぶという行動を伴うからである。つまり、これらのハチの雌は、1つの卵を産むためにそのつど「狩り」と「巣作り」という仕事を全部自分でこなさなければならない。単独性と呼ぶゆえんであり、1子あたりの保護投資のきわめて大きい、昆虫としてはもっとも少産のグループである。
単独性カリバチの主要なグループには、ベッコウバチ科(既知種の概数は世界で4000種、日本で100種)、ドロバチ科(世界で3000種、日本で50種)、アナバチ科(世界で7700種、日本で300種)がある。これらのハチの生活は多彩をきわめている。たとえば、巣作りの方法は、掘坑型(地中や植物組織中に巣穴を掘る)、借坑型(植物体などにあいた既存の穴を利用)、築坑型(泥などの可塑材で巣をつくる)に大別され、各型の中にも巣あたりの育房数によって単房巣、多房巣といった違いがある。狩りの対象となる餌は、ベッコウバチならクモ、ドロバチならチョウ目の幼虫(一部の種はハムシ幼虫)、アナバチなら種によってクモやさまざまな昆虫(科全体では対象は16目に及ぶ)と決まっており、多様化と特殊化が著しい。また、一連の巣作り過程の中で、狩り、巣作り、産卵などの行動要素が発現する順序もさまざまであり、社会性進化の道を可能にした前適応のステップとして捉えられている。このようなカリバチの生活の多様性と特異性は、短いスペースではとても紹介できないので、これらの昆虫に魅せられたファーブルをはじめ、常木勝次氏や岩田久二雄氏のすぐれた著述、その他を参照してほしい。
(遠藤知二 神戸女学院大学)
(クガイソウの花にきたオオマルハナバチ 写真 堀田昌伸 長野県自然保護研究所) |
−ハチと花のもちつもたれつ−
今から約1億年前の中生代白亜紀、新しく進化してきた被子植物のなかまが、それまで地球上の森林の主役であった裸子植物を急速に圧倒しはじめました。この新しい植物のなかまは、昆虫と共生関係をむすぶことによって大きな成功をおさめたといわれています。裸子植物のほとんどは風媒で、目立たない地味な花をつけます。それに対し被子植物の多くは目立つ美しい花をつけ、昆虫などをおびきよせて花粉を運ばせます。花をおとずれる代表的な昆虫であるハナバチやチョウは、このような被子植物と共進化してきたといわれています。ハナバチとは、ハチ目(膜翅目)のうち食物が蜜と花粉に特殊化した一群の総称です。知られている最古のハナバチの化石は今から約8000万年前のハリナシバチの一種で、その形態からすでに女王と働きバチからなる集団生活を進化させていたことがわかっています。
現在花をおとずれる動物には、甲虫・チョウ・ハチ・アブ・ハエなどの昆虫に加えて鳥類やコウモリがいます。これらのうち特に多くの植物で授粉に大切な役割を果たしているのがハナバチのなかまです。日本にいる代表的なハナバチのなかまには、ミツバチやマルハナバチ、クマバチなどがいます。特にミツバチやマルハナバチは集団生活を営んで共同で子育てをするため、非常に活発に花をおとずれます。彼らは蜜を吸うのに適した管状の口をもち、後脚に花粉を運ぶのに適したかご状の長い毛をもっています。からだのかたちだけなくその感覚や行動も、花からえさを集めるのに適したものに進化しています。ミツバチの8の字ダンスはその代表的なものでしょう。
ハナバチと花はたがいに協力しあおうと思っているわけではありません。ハナバチは食物を得るため、植物は花粉を運ばせ実をむすぶため、それぞれたがいに利用しあうなかで結果的に相互適応してきたのです。授粉は植物の自然淘汰に深くかかわっているので、野生の花の美しさや香りの多くはハナバチがみがきあげたものだといえるかも知れません。
(須賀 丈 長野県自然保護研究所)