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兵庫県尼崎市および神戸市で見つかったヒアリについて(解説)

兵庫県内で発見された特定外来生物ヒアリ(Solenopsis invicta)について

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ヒアリとアカカミアリの生態写真 (国立科学博物館 小松貴氏撮影)

2017年6月13日、尼崎市の民間事業所にてヒアリが発見されたとの一報は、関係者に衝撃を与えました。我が国において、もっとも侵入が危惧される外来生物だからです。当館では、外来生物法の施行に先立って、「報告書 兵庫県の外来生物対策にむけた提案」を作成して、博物館が有する標本や知見をもとに、兵庫県外来種リストや対応方針(兵庫県農政環境部)のとりまとめに協力してきました。こうした対応が進められているなか、今回のヒアリ発見は、国際貿易が盛んな兵庫県が、改めて外来生物の侵入リスクが高く、我が国の外来種問題の最前線に立たされていることを再認識させられました。このヒアリ対策は、開港150周年を迎える神戸港の国際的な信用性とレガシー継承の資質が試さる、まさに試金石になるのではないでしょうか。
未経験の事象に対処するときこそ、研究機関の役割が重要になります。これまで蓄積した学術情報や基礎的な情報、自然史標本を活用し、生涯学習機関とのして役割を果たしたいと思います。今回の事案では、アリ類の鑑定をはじめ、研究者や博物館ネットワークを活かした知識集約やシンクタンク活動、展示や普及啓発など、博物館として全方位的に努力して行きます。

このページでは、ヒアリに関する基本的な解説事項や教育素材、各種取り組みについて情報提供いたします。

 

  • ヒアリとは

ヒアリ(Solenopsis invicta)とは、外来アリの一種で、特定外来生物種に指定されています。南米が原産地ですが、経済のグローバル化とともに、世界各地に広がっています。国際的に最も深刻な影響を及ぼす外来生物として、「世界の侵略的外来生物ワースト100」にも選定されました。1930年代にアメリカ南部のアラバマ州を皮切りに、1960年代にはテキサス州やフロリダ州に分布が拡大、近年ではカリフォルニア州でも確認されています。被害は米国だけではありません。1980年代には中米の大西洋諸国にも侵入。2000年にはオーストラリア、ニュージーランド、中国、台湾、マレーシアなど世界中に幾つかの経路で分布が拡がっています(Ascunce et al. 2011)。グローバル経済の拡大と検疫の規制緩和は、確実に外来生物の侵入リスクを高めます。

今年、はじめて神戸市および尼崎市で発見されました。これが国内での初記録となり、関連する貨物からはコロニーとして女王、幼虫、翅アリが確認されています。さらに、6月27日には弥富市でも確認されました。その後、7月4日に大阪南港でもヒアリの巣が発見され、女王アリが確認されています。7月6日には、ついには東京都の大井埠頭でも1個体、翌日には100個体以上が確認されました。ヒアリ類は、発見貨物コンテナの積荷に紛れてやってくるため、なかなか防除が難しい現状にありますが、初動での適切な対応と徹底した防除を継続することで対処が可能だと思われます。

ヒアリの特長は、体長約2.5mmから6mmと小型で、体色は赤茶色。アリの識別に慣れていない一般の方には、最初は識別が難しいかも知れません。腹部は、やや濃い茶色で黒味がかっていて、尾部には毒針があり、積極的に刺します。最大の特長は、非常に強いアルカロイド系の毒を持ち、体質によってはアレルギー反応が起こり、稀に死亡することがあります(適切な医療措置が不可欠です)。生息場所は、開けた場所を好み、草地や公園、アスファルトの隙間、芝生などで見つかります。人間が活動する場所や都市圏とも重複することが被害をより顕在化していると考えられます。

ヒアリは、コロニーを形成し、土で直径 25~60 cm、高さ15~50cm のドーム状のアリ塚を作ります(こちらも参考に)。このようなアリ塚をつくる種は、日本では他にいません。コロニーには、約20万~40万個体の働きアリがいて、働きアリだけでなく女王アリのサイズや形態もバラつきます。ヒアリの特長の1つは、コロニーに女王が複数個体が含まれる場合(多女王制・polygyn)と1個体の場合(単女王制・monogynee)があります(東ら 2008)。単女王制のコロニーで生まれた女王アリは飛翔して遠くへと飛散します。その距離は数キロに及びます。一方で、多女王制のコロニーの場合には、複数の女王がいて(数百の女王がいることも)、あまり飛翔能力がなく近くへと分散します。コロニーの寿命は7~8年と言われおり、好適な場所では複数のコロニーが複合した「スーパーコロニー」が形成され、数百万個体の働きアリが生息します(そうなると、もはや手が付けられませんので事前の防除が最重要)。地下部に大きなコロニーが形成されると、氷点下を越す寒い冬でも生存が可能だと考えれており、そのことが温帯域への侵入を可能にしています。

過去の分布情報から、ヒアリの生息に適したレンジを推定した研究では、国内の沖縄から関東にかけての太平洋側で定着の可能性があることが示されています(Sutherst and Maywald 2005;ただし、データが限られ、エンベロープモデルと言われる古典的な方法のため、最新のデータと解析技法で再計算した方が良いだろうと思う)。こうした生息可能性をシュミレーションするためにも、博物館の標本情報や全世界での生物多様性情報の共有はとても大切です。

食性は、雑食性で、節足動物、鳥のヒナやトカゲなどの小動物を集団で襲うほか、樹液や蜜などを食べます。

【最新版】危険生物ファーストエイドハンドブック 特別編集「ヒアリ」が文一総合出版会からでました。
   →ダウンロードして、どなたでもご覧になれます。オススメです。

今年度になってからのヒアリ発見情報は下記のとおりです(環境省の経緯とりまとめページもご覧ください)。
発見された経緯等は以下の環境省ほか行政機関からの記者発表資料をご参照ください。

ヒアリ(Solenopsis invicta)の国内初確認について (環境省)
神戸港における緊急調査で確認されたヒアリについて (環境省)
神戸港で確認された特定外来生物「ヒアリ(Solenopsis invicta)」及び「アカカミアリ(Solenopsis geminata)」について (兵庫県)
特定外来生物 ヒアリ(火蟻)やアカカミアリについて (神戸市)
名古屋港におけるヒアリの確認について (環境省)
 → その後さらに名古屋港にて50-100匹が見つかる (名古屋港管理組合)
 → 名古屋港の50-100匹は同定間違い (読売新聞)
 → その後さらに内陸部の春日井市の民間企業敷地内で見つかる(TBSニュース速報)
 (正確な発表は愛知県のプレスリリースを)
大阪港におけるヒアリの確認について (環境省)
尼崎に女王ヒアリ2匹 環境省が確認 (神戸新聞)
東京港大井ふ頭において確認された「ヒアリ」について (東京都/詳しく経過が記されています)
 → その後、さらに大井ふ頭において100匹超のヒアリが見つかる (朝日新聞デジタル 7/7)
 → コンテナの床下からコロニー発見 (日テレニュース 7/13)
新潟県長岡市からヒアリ?らしきもの100匹程度みつかる (朝日新聞デジタル)
 → 同定まちがい。先走って報道してしまう
横浜港から新たにコロニーが発見される (NHK NEWS WEB)

茨城県常陸太田市の工場団地から発見される・初の台湾高雄からのルート ?(茨城新聞)
 → 同定まちがいでした、アカカミアリです(産経新聞ニュース)
博多港にてヒアリ発見 (時事ドットコムニュース)
大分県中津港からもヒアリ発見(北九州港からの輸送貨物) (産経新聞)
岡山県倉敷市の水島港からヒアリ200匹以上および女王アリが発見 (8/9 環境省)
 ⇒その後もさらに空バンプールからの発見が続く (8/21 環境省資料)
山口県三田尻中関港にてアカカミアリ250匹を発見 (8/14 環境省資料山口県HP
埼玉県狭山市の倉庫にて、荷物(東京都青海埠頭経由)からヒアリ女王の死体が発見(8/17 時事通信)
広島県国際コンテナターミナルでヒアリ多数個体(131匹)が発見される (8/25 時事通信)
静岡県清水港にて8/21にヒアリ100匹以上が発見される(8/29 毎日新聞)
 ⇒ その後(8/24,28)にも新興津コンテナヤードで500匹以上が発見される(8/31 毎日新聞)

新たに愛知県名古屋港(船見ふ頭)にて8/30にコンテナ内から1000匹以上発見(9/1 毎日新聞)
横浜港の空コンテナから9/4にヒアリ60匹発見(9/6 朝日新聞)

  • ヒアリの識別について

    
写真撮影:橋本佳明 主任研究員


ヒアリの識別は、参照標本をもとに、顕微鏡でしっかりと観察すれば可能です。(JIUSSI 2017の図・解説も参考に
触角の先端(9~10節)、中胸側板の突起、頭盾前縁部の形状、2つのコブ状の腹柄部が特徴になります。
簡易のチェック方法は、京都府保健環境研究所のページが分かりやすいです(ヒアリ・アカカミアリの簡易チェックシート)。
ただし、昆虫学に関する専門的な経験がない場合には識別は難しいと思われます。同定は慎重に行う必要があります。
特に、ヒアリとアカカミアリの区別は、標本によっては特徴がはっきりしないこと、諸外国に類似の別種がいること、雑種が形成される場合や変異があるために容易ではありません。

なお、分類学的な経緯については、Encyclopedia of Lifeに詳細が記載されています。利用可能なメディア一覧も紹介されています。
分布情報については、現状が網羅されている訳ではありませんが、GBIF(global biodiversity infomation facilities)に掲載されています。
このほか、分布情報として役立つソースは以下のとおりです。

Wetterer, J. K. (2013). Exotic spread of Solenopsis invicta Buren (Hymenoptera: Formicidae) beyond North America. Sociobiology60(1), 50-55.

USDA: United States Department of Agriculture / Imported Fire Ants

Additional Information about the Interactive Imported Fire Ant Map / Extention


以下に一般的な識別方法について、絵解き解説にまとめて掲載しております(橋本佳明主任研究員 作成)。
詳しくは下記に掲載のファイルをご覧ください。

    •  ヒアリおよび識別方法と特徴 SIvsSG_YH170626.pdf  0.3MB)
    •  ヒアリやアカカミアリと間違えやすいアリ その1nitamono1.pdf 0.1MB)
    •  ヒアリやアカカミアリと間違えやすいアリ その2nitamono2.pdf 0.1MB)
    •  ヒアリとアカカミアリの写真photos.pdf 0.2MB)

*上記の4つの資料は、非営利目的であれば出典を明記してご利用頂いて問題ありません
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。


このほか、最新の標本を撮影した画像についても掲載いたします。出典を明記してご自由に利用ください。
(東京都大井埠頭で採集されたヒアリ 撮影:橋本佳明 主任研究員 兵庫県立人と自然の博物館)
*クリックすると画像が大きくなります。
Tokyo_head@0,5x.jpg 働きアリ(頭部全面・東京都大井埠頭産)
fireant_queen.jpg
女王の頭部 出典:Antweb(CASENT0104504)
Tokyo_side@0,5x.jpg 働きアリ(側面・東京都大井埠頭産
Tokyo_top@0,5x.jpg 働きアリ(上面・東京都大井埠頭産


以下の写真は、アメリカで採集されたヒアリの有翅女王とオス
(標本提供 九州大学 細石真吾 
撮影:橋本佳明 主任研究員 兵庫県立人と自然の博物館)
Queen_head@0,5x.jpeg 有翅女王アリ(頭部)
queen_side_s.jpeg 有翅女王アリ(側面)
male_side_s.jpeg 有翅オスアリ(サイド)


*上記の写真は、非営利目的であれば出典を明記してご利用頂いて問題ありません
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。


  • ヒアリと身近なアリをシルエットで見比べる! new

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上の図は、ヒアリと身近に見つかるアリ類を「ぱっ」と見分けるためのシルエット一覧です。
分かりやすくするために、足や触角などは省いています。
詳細な解説シートをダウンロードしてご利用ください。

特別版「よく目にする在来アリとヒアリの肉眼でわかる違い」
(PDFファイル・0.8MB)


  • ヒアリをみつけたら

絶対に触らないでください。刺される可能性があります。また、市販の殺虫剤を使えば、普通に駆除することができます。
当館にも多数の問い合わせがあるのですが、多くの場合、在来のアリ類です。生活に影響がない場合、むやみに駆除する必要はありません。
もし、ヒアリが確認された場合には、下記にご連絡ください。

神戸市:神戸市総合コールセンター 電話078-333-3330(年中無休8時~21時)
神戸市以外:環境省近畿地方環境事務所野生生物課 電話06-4792-0706


対処法については、環境省から提供されているストップ・ザ・ヒアリ(ヒアリの特徴・生態・駆除方法・刺された時の対処方法等の参考)をご覧ください。くれぐれも、安全面にご配慮下さい。
*コールセンター等に電話したからと言って、すぐに専門家が来て対処してくれる訳ではありませんのでご留意ください。


  • ヒアリが生態系や社会に及ぼす影響について

ヒアリ類が及ぼす影響は、人への健康被害だけではありません。ヒアリ類は攻撃性があり、人体に危険を及ぼします。そのため、定着して各地に拡散し蔓延した場合、人の生活に多大な影響を与えます。営巣地となる庭や公園等では、ガーデニングやレクリエーションの際に接触し、健康被害が引き起こされる可能性があります。刺された人のうち、アナフィラキシー症状が生じる人は約1~2%で(東ら 2008)、各種文献からの集計では約1~5%(JIUSSI 2017)です。このうち適切な医療処置がなされない場合、死亡するケースがあります。すでにヒアリの分布が拡散している台湾では、住民への周知と医療措置が徹底されていることもあり、2012~2014年の死亡例は確認されてません(JIUSSI 2017)。しかし、米国ではかつて100人近い方がアナフィラキシーショックにより死亡されていることを考慮すれば、ヒアリの公衆衛生の経験や市民の対応経験がない我が国においては、依然として潜在的な脅威となります

健康被害も深刻ですが、それ以上に経済への影響は甚大です。
ヒアリ類は開けた場を好むため、農地で営巣し、農家への健康被害のみならず、農業や畜産業に大きな被害をもたらします。また、電気設備に入り込みやすい特徴を持つヒアリは、工場や電力プラント、空港などの電気機器に障害を与えます。こうした経済損失の評価事例では、全米で年間60億ドル(約6700億円)と莫大な金額が見積もられています(Lard et al. 2006)。また、在来のアリ群集への影響を介して生態系全体に著しい影響が及びます。駆除に用いる薬品の散布もまた、環境に負荷を強いることになり兼ねません。
こうした危険な外来生物が蔓延すれば、日本の安心安全のブランド力の低下、貿易や国内輸送における港湾利用の低迷が懸念されます。

 

  • 防除対策やできること

港湾において見慣れないアリの大群やアリ塚を発見しても、決して手を振れないでください。刺される恐れがあります。特に、今回ヒアリが発見された尼崎市南部、ポートアイランド、燻蒸処理のためにコンテナが設置されていた神戸市内東灘区・灘区で、アリ塚などがあれば、写真と併せて速やかに行政機関にご報告ください。

防除には、専門知識を有する技術者が対応するのが原則です。防除の方法は、発生状況を各種トラップで確認し、確認された場合には発生源のちかくでベイト剤(毒の入った誘引剤入りの餌を置いて巣内から駆除)を設置します。ヒアリのコロニーが見つかった場合には、さらに薬剤を注入します。対象が小さく、隙間に逃げ込んで生き延びるケースが多く、単発の防除やモニタリングだけでは不十分です。今後、数年間にわたって、徹底した防除を行う必要があります。単年度でヒアリが確認されなくなったからと言って、モニタリングを終了するべきではありません。防除とモニタリングの方法については、国立環境研究所と環境省が作成したアルゼンチンアリ防除の手引きの考え方が役立ちます。

今回は各局の報道では、国内に類を見ない毒性の高さから、危険性が強調されていますが、その反面で身近な在来のアリ類を恐れる事例も相次いでます。在来のアリ類は、植物を天敵や害虫から守り、種子を運ぶなどの生態系にとって欠かせない役割を果たしています。在来アリの情報やその重要性について正しくご理解いただき、冷静に対応ください。また、身近なアリについての観察眼を養うことも有意義です。台湾では、市民のヒアリに関する理解レベルが高く
(参考:OKEMON美ら森プロジェクト、そのことが被害を小さくしているとも考えられています。外来のアリ類が侵入してくると、在来のアリ類が見られなくなるケースがあります。在来のアリは、優れた自然のセンサーになる可能性があります。

 

  • これから必要と考えられること

最重要事項は、発見地点周辺の徹底的な防除です! 広がると経済損失が莫大です

行政による最重要課題は、これ以上広げないための徹底的な防除です。いくら防除に投資しても、多すぎるということはありません。

日本生態学会からの声明と要望書も出されました !
(専門家による最も正確な知見が集約されています)


ヒアリが定着している国からの輸入量が多い港では、侵入リスクが高いと考えられています(国立環境研究所・五箇主任研究員らの研究成果)。これに加えて、
各地で外来アリ類の発見が相次いでおり、アルゼンチンアリを含め、数多くの外来昆虫が確認されているエリアは、特にヒアリ類の侵入リスクが高いと考えられます。すでにアルゼンチンアリが蔓延している神戸市ポートアイランドや神戸港一帯(吉田ら 2011)、前述のとおり輸入量が多い名古屋港でのヒアリ発見は当然の結果だと考えられます。こうした地域での徹底したモニタリング
防除が必要です。リスクが高いと思われる地域を地図化して、面的な対策を講じることが望まれます。

 ニュージーランドの事例は、日本の事例と類似したところがあります(経緯公式はニュージーランド政府森林局のページに)。2001年にオークランド空港で発見され、その後2004年と2006年にNapier港とその周辺で発見され、速やかな対策ができています。米国や隣国のオーストラリアでの防除対策等を参考にして(ケーススタディーがニュージーランド政府レポートで紹介)、数億円の予算規模を投入して駆除することができています。この際の対応は、Pacific Invasive Ant Toolkitに詳細が掲載されています。また、ニュージーランドへの侵入経路の特定やコロニーの特性(多女王制か単女王制かの識別)を遺伝的に解析した事例は、Corinら(2008)に詳細が紹介されています。駆除したコロニー単位での標本データからの得られる情報は豊富で、証拠標本のストックとデータ解析を適切に行うことは、我が国での侵入対応に有意義な先例でしょう。

オーストラリアでは、最初に発見された段階で、すこし拡がっていましたが、政府が全面的に対策を実施しました。その結果、駆除の効果があったかと思われていましたが、やはり取り残しがあって今も各地に広がっています。その被害コストは、年間あたり豪州ドルで16.5億ドル(約1400億円)と見積もられています(
Wylie and Janssen 2017)。この最新の論文では、公衆衛生面に限らず、あらゆる産業、農業面での被害について検討されていますので参考になります。ちなみにオーストラリアでは連邦政府と州政府が共同出資し、6年間で約1.75億豪ドル(約150億円)の基金で対策が実施されました。それでも資金が足りないとされています。グローバル経済を推進することは、それだけ高いリスクを抱える経済行為であるため、充分な対策を行政だけでなく、企業者のCSRとして求められます(宮崎・籾井 2009)。ヒアリが侵入して定着すれば、兵庫県のみならず日本全体の生態系や公衆衛生、そして経済面において大きな打撃となります。もっとも必要なことは、徹底した緊急調査と防除の実施、侵入が確認された場所やコンテナを設置していた場所において、関係省庁ならびに自治体とも協力体制を築きながら、継続的なモニタリングと防除を行うことです。そのための資金調達が喫緊の課題となります。
 
研究開発面では、ヒアリに限らず、特に危険性が高い昆虫類の分類や識別を効率的に実施する体制が必要です。今回のように、ヒアリ類は小型で変異に富むために同定が容易ではありません。博物館や大学研究機関など、分類学の知見をもつ研究者のネットワークを公式に運用整備することや、最新のDNAバーコーディングの技術等を適用して、確実な同定体制を確立することが期待されます。また、海外ですでに定着している場所、特に近隣の台湾(Yang et al. 2008)や中国での対策(Wang et al. 2013)や生態等に関する知見をしっかりとレビューすることが必要です。
駆除の要素技術の開発も必要となります。これまでにトラップの餌選定や設置間隔などの詳細に検討した研究は多数あります。最近の研究例では、ニュージーランドでの事例をもとに、Stringerら(2011)が明確な数字と方法を示しています。誘引剤としてひき肉とピーナッツバターを添加したものがもっとも効果的であり、その際に巣からの距離に対する発見効率の減衰曲線を示し、約10m離れると発見効率が0に近くなります。これは、世界各地の事情に合致するかどうか分かりませんが、少なくとも、当該箇所から10m以上離さずに(できればもっと短いほうがいい)高密度で誘引剤付きのベイト剤を設置してゆくことが効果的だと考えられます。台湾での実験では、遠沈管を用いたトラップの効果が検証されています(Bao ら 2011)。この実験ではホットドッグを遠沈管の上部に備えつけたトラップが最も効果的であり、約4時間の設置で十分に分布確認ができることを示しています(ポテチ、エビせん、砂糖水、ピーナツバター、豚脂、バターで実験)。
また、駆除が成功したかどうかを判別する技法も大切です。ヒアリがほんとに駆逐されたかを証明するのはある意味「悪魔の証明」となります。安全宣言を出す目安として、モニタリング結果をもとにした統計学的な手法(Sakamoto et al 2017・アルゼンチンアリの事例、国立環境研究所の記者発表資料も参考に)が提案されています。このほか、ヒアリに特化したベイト剤の開発や誘引物質の特定などが考えられます。沖縄県では、沖縄科学技術大学(OIST)を中心に、綿密な対策が進められています(沖縄県環境部 HP)。


  • ヒアリと在来種との関係

ヒアリと各国に在来のアリや生物との関わりは、防除を考える上で大切です。ヒアリが在来のアリや生物相に大きな影響を及ぼすことは、数多くの研究で明らかにされています(Porter & Savignano 2000; Allen et al. 2004 レビュー論文; Darracq et al. 2017 在来のトカゲへの影響 、など多数)。一定レベルまで増えてしまうと、影響力がとても多いことは疑う余地がありません。その一方で、人為影響が小さい自然度が高い場所では、アリ類に限定すると、あまり競合しないといった報告もあります(King & Tschinkel 2013)。
これまでの海外での研究でも、ヒアリの分布拡大を抑制する要因として、在来アリやトンボ、鳥類、クモなどの様々な捕食者が寄与すること(Whitcombら 1973;Texas Imported Fire Ant Research and Management ProjectHelms et al. 2016)やウイルスの感染を介して在来アリとの競争力が低下することなどが知られています(Chen et al. 2011)。いずれの論文でも、女王への捕食圧が大きく、その理由として女王が出巣して新たにコロニーを創設するときが、もっとも無防備であり、ヒアリ女王のほとんどが捕食されることを指摘しています。
最新のフロリダでの野外実験の結果は示唆に富んでいます(Tschinkel & King 2017)。Tschinkelらは、「撹拌区」、「在来アリ除去区」、「無処理区」を設置して、交尾した有翅メスの新規加入からの生存率を比較。有翅メスが定着して120日後の生存率は0.5%(5/980)、初期コロニーを形成してから30日後の生存率は1.3%(5/400)。最後まで生存していた5サンプルは、すべて「在来アリ除去区」でした。また、初期コロニーを移植した操作実験でも、在来アリを除去した区ではヒアリが増え、108個のうち在来アリを除去した区では21の大きな巣が形成され、逆に無処理区では2コロニーだけが生き残りました。この結果をもって、世界中のどこでも在来アリがヒアリの侵入を抑えるとは言えないですが、在来アリが女王が分散定着する際の抑止力になる可能性は残ります。
また、ヒアリの働きアリに対しても競争者がいることが知られています。在来のアリは、ヒアリに対してどの種も無力ではなく、各地の調査結果から共存あるいは競争する種もありますRao & Vinson 2004。特に良く知られるのは、ヒメアリ属のMonomorium minimumで、小さいながらも採餌行動を通じてヒアリと競合し(Rao & Vinson 2007)、ヒアリに対して有害な分泌物を出すことが知られています(Wang & Chen 2015)。
概して、新女王の定着成功率は低く(クイーンズランド州政府の推測どおり)、ヒアリが荒れ地や人工的な環境を好むことを考えると、在来アリ類群集が皆無な場所では、在来アリの再導入は抑制に効力を発揮するかも知れません。負の効果は無いでしょうから、テストする価値はあると思います。こうした国内外の科学的な知見をもとに判断すれば、ヒアリが確認されていない場所で、無計画かつ大量に毒餌剤(ベイト剤)を撒くことは、防除でも予防でもなく、外来種の侵入リスクや害虫の発生リスクを高める行為だと考えられます。

 

  • 港湾区域のメンテナンス
    港湾の土木技術による対応についても、いくつかの方法が考えられます。長い年月をかけて、重量物であるコンテナ貨物等によって、アスファルトが歪んでいること、各所にクラックが生じていること(震災も影響)、隙間から雑草が生えてクラックが拡大しているなど、場の管理によっても、餌を減らし、巣が出来そうな場所を減らすことができると予想されます。既存の大きなクラックについては、ウレタン系樹脂やブチルゴム系の充填剤で措置することや、除草することもリスク軽減に寄与すると考えられますエビデンスはありません)。当然ながら、食べかすやプラスティック殻、包装資材などのゴミを清掃することも有効でしょう(他の外来種に対しても有効です)。 アルゼンチンアリの研究において、過剰な炭水化物の提供が外来種に有利な環境を作り出してしまいます(Rowles & Silverman 2009)。港湾区域では可能な限り餌資源を枯渇させる方策が有効でしょう。港湾区域では、コンテナの重さによって、アスファルトが陥没し、その隙間にヒアリが生息していることが報告されています。一部のテレビ番組では、アスファルトの上に鉄板を置けば良いという見解が示されていますが、鉄板を敷くと、その下はまさにアリの巣の適地になってしまいますので注意が必要です。

    (検証)夏休みの自由研究に!
    家の庭や近くの公園に「板(木や鉄)」を置いてみてください。2週間後にめくってみて、変化を観察してみよう。

 

  • 現在取り組まれている対策について
    国土交通省では、ヒアリの発生をうけて、6月19日付で、全国の港湾に対して緊急点検の指示が出されています。今回の神戸港で見つかったコンテナの出荷元である中国南沙港との取引きが多い港湾では特に重点的な調査が指示されました。環境省と国土交通省では、当初は主要な港湾を対象とした対策を検討されていましたが、発見が相次いだことで、7月11日省庁連絡会議(環境省自然環境局長が代表)において、対策について協議されました(毎日新聞ニュース)。このなかでは、対象とする港湾数を22港から68港に広げて、ベイト剤(毒入りの餌)を各港で数千個を撒き続ける計画が示されています。すでにヒアリが発見されている港湾エリアについては、ベイト剤での対処が適切ですが、発見・確認されていない港湾でのベイト剤使用は適切ではありません。この計画は、海外の先行事例や研究機関・学識者の見解、環境省の既往方針とは異なっており、外来生物対策の専門家からも疑問の声があがっています。この省庁連絡会議には、学識者や専門家は含まれていません。

    適切な対策方針は単純です。
    ①ヒアリが発見されたコンテナ周辺や港湾区域内では、ベイト剤を設置して徹底駆除する
    ②同時に誘引トラップでモニタリング調査を行う(ベイト剤を撒くだけでは効果を把握できない)
    ③モニタリングで発見されたら、再びベイト剤を設置して徹底駆除する
    同時に目視で巣を探し、薬剤を注入する(ベイト剤を撒くだけで完全駆除できる保証はない)
    ④再度モニタリングを実施する

    ヒアリがこれまで出現しなかった港湾や本来的に生息適地でない港湾では、「とりあえず毒餌薬を撒く」のではなく、冷静にモニタリングしてから、ベイト剤で対処すべきです。ヒアリが既に蔓延している台湾や中国から、これまで大量に物資が運ばれてきたにも関わらず、国内での定着や分布が確認されていない状況を考えれば、侵入したとしても、在来種等による捕食圧が機能していた可能を否定できません。周辺で少し病気が流行ったからと言って、全国民に副作用が伴なう投薬を推奨する方法論は、適切ではありません。
    神戸港では、発見されてから徹底してベイト薬を設置するとともに、粘着トラップによるモニタリングを展開しています。発見後、すぐにベイト剤を多量に設置したにも関わらず、1~2週間後のモニタリングでヒアリやアカカミアリが確認されています。つまり、「とりあえずベイト剤をたくさん撒く」だけでは、問題解決にならないのです。今も、各地で次々と発見されており、7/16には台湾の高雄から出荷されたコンテナで見つかりました。ヒアリは一定の頻度で国外から侵入してくるが、各地のコンテナヤードは1回キリの毒餌投与と、ヒアリの女王定着を抑止する可能性がある在来生物が一掃された状況は、無防備な状況といえます。

  • 各方面から懸念のことが伝えられたことを受けて、翌日には方針が再検討されました。(日テレNEWS24
    環境省としては、当初から設定されていた方針(リスクが高い港湾に限定使用)に正しく修正することができたようですが、実際には、茨城港、舞鶴港、苫小牧港では毒餌であるベイト剤が設置されたようです。毒餌薬を設置したとしても、誘引剤を用いたモニタリングを必ず併用するべきです。今後、各港湾にてどのような対処が行われるのか、見届ける必要があります。植物防疫分野における農薬散布の基本原則は、1)病害については予防散布、2)虫害については初期防除です。毒エサ薬の設置は予防散布には該当せず、むしろ逆効果です。長い経験と実績を有する植物防疫分野の知見を参考にすべきです。


  • 神戸市―環境省-専門家による対応
    これまで発見されたのは、東京、大阪、横浜、名古屋、神戸(コンテナヤード内)、春日井・尼崎(コンテナと工場内)だけです。これらの発見場所では、報告を受けてから、速やかに環境省および神戸市・尼崎市が対応されています。特に、神戸市では対策本部を立ち上げて、関係組織を横断した連携体制と冷静な対応、ホットラインの設置(市民からの電話も減り7/13にクローズ)が行われました。その後も、港湾部局ではコンテナヤードで徹底した調査と、ベイト剤を設置して、徹底的な駆除を展開されています。ベイト剤設置は、在来のアリも駆逐しますが、コンテナヤード内での対応を最優先として、速やかな対策が完了しています。並行して、モニタリング調査も実施されており、その過程でアカカミアリやヒアリが数個体だけ確認され、その周辺の対策(主に目視でクラックに薬剤注入、ベイト剤設置)が展開されています。神戸市では6月22日には複数の有識者を招いて、「まず現地を一緒に視察」してから、意見を聞いて対策に反映されています。一番リスクが高いと思われるコンテナヤードに注力するとともに、周辺でもモニタリングを中心として調査が行われています。神戸市では、幅広い分野の有識者を集めて対策会議を開催して、中長期の計画が検討されます。また、情報公開も適切に行われています。 (神戸市のページ

  • 危機管理対策だからこそ、選択と集中が必要!
    危機管理の基本は、選択と集中です。やるべきことは、ヒアリがすでに出現している場所、該当する国からのコンテナ輸送量が多い港湾にしっかりと絞って、予算を集中投資することです。すでにヒアリが出現している港湾では、環境省の職員が率先して、ベイト剤を仕掛けて徹底的な駆除を進められています。トラップを用いたモニタリングもあわせて展開されており、環境省は限られた予算のなかでしっかりと対策されています。特に、東京港、横浜港での拡散防止のため、周辺まで含めて徹底したモニタリングが求められます。ベイト剤の設置だけでは、効果を確認できないだけでなく、逆効果の可能性があります。
    環境省では、コンテナ貨物の床下に元凶があるとして調査を行い、原因究明に成功されています。コンテナの床下には空間があり、この部分には洗浄した水分や有機物が溜まるため、アリにとっては格好の生息場所となっていた可能性があります。コンテナ内へのベイト剤設置に一部方針を切り替えて、水際対策だけでなく、入口部分の原因究明と対策を並行して進めるべきです。
    発生源から遠く離れ、ヒアリがこれまでも発生せず、生息に適していないところに、無計画に「とりあえず毒薬(ベイト剤)を撒きまくる」ことは適切ではありません。このことは、国際社会性昆虫学会のHPでも指摘されているほか、海外の最新研究事例でも証拠が得られています。「生態系の保全」が目的ではなく、「ヒアリをはじめ他の外来種や害虫を増加させる恐れがある、逆効果」だからです。ヒアリが発見された場所では、徹底的な防除(ベイト剤、目視、モニタリング)は既に行われており、しっかりとした選択と集中が推奨されます。


  • ヒアリ侵入の根源となる要因はコンテナ内の構造にあります! NEW!
    ヒアリの侵入をこれだけ許してしまった根源は、コンテナ内の構造にあります(下図・こちらの写真も参考に)。大井ふ頭にて環境省が解体調査したことでも明らかになっています(ニュース記事)。コンテナの床下には大きな隙間があって、蟻類には好適なすみかとなります。床材に使う合板は、通常は隙間なく敷かれていますが、重量物などを繰り返し用いるために、腐食や反りかえしなど、著しく劣化していることがあります(参考となるHP)。また、コンテナ内は、積荷によっては汚れがひどくなる場合もあり、高圧洗浄機で水洗いされることが一般的です。内部を乾燥させるため、コンテナ扉を開放して保管することがあり、ヒアリがすでに定着・蔓延している国では、ヒアリがコンテナ床下に侵入します。水洗いした際には、コンテナを斜めにして排水しますが、梁となる鉄骨があるため、コンテナ床下に適度な水分が残るほか、有機物が床下に溜まるため(おそらく各種昆虫の死骸や菌類など)、ヒアリ培養装置となっている可能性が極めて高いです。有効な対策は、輸送中にコンテナ内にベイト剤を設置することです。餌が少なく閉鎖的なコンテナ内では、誘引剤を使った対策がもっとも有効だと考えられます。

    現状のコンテナの構造はアリの栽培容器となっている可能性があります(内部へのベイト剤設置を優先すべき!)
  • Exploded view of typical steel container.png
    By Headquarters Department of the Army - Chapter 15 Container Construction and Inspection of Army manual TC 4-13.17, https://rdl.train.army.mil/catalog/view/100.ATSC/C63D46E7-488E-4D2D-AF13-F22E1D98AE5F-1311109164739/toc.htm#toc, パブリック・ドメイン, Link

*注) 7/21に加筆

参考になるページなど

環境省 ヒアリに関する諸情報について
 http://www.env.go.jp/press/104305.html

国際社会性昆虫学会(JIUSSI) ヒアリに関するQ&A
 https://sites.google.com/site/iussijapan/fireant

ストップ・ザ・ヒアリ 環境省
 https://www.env.go.jp/nature/intro/4document/files/r_fireant.pdf

日本産アリ類画像データベース
 http://ant.miyakyo-u.ac.jp/J/index.html

ヒアリ・アカカミアリの簡易チェックシート (京都府)
 http://www.pref.kyoto.jp/hokanken/oyakudati_hiari.html

国立環境研究所・五箇公一主任研究員によるオンライン解説記事
 https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170627-00003089-bunshun-soci&p=1

沖縄県環境部 外来種対策事業(ヒアリ等対策)について
 http://www.pref.okinawa.jp/site/kankyo/shizen/hogo/gairaisyu_hiari.html

東京都環境局 気を付けて!危険な外来生物
 http://gairaisyu.tokyo/species/danger_15.html

ヒアリの生物学 ―行動生態と分子基盤―東正剛・緒方一夫・S.D.ポーター 共著 海游舎
この本が最もヒアリの生物学的な知見をカーバーしています。

医療者のための「
正しく恐れるヒアリ学名古屋掖済会病院
 http://www.nagoya-ekisaikaihosp.jp/?p=6766


くまむし博士のむしブロ (堀川大樹さんのホームページ)
http://horikawad.hatenadiary.com/entry/2017/07/04/190022


日本生態学会からの会長声明および要望書 (日本生態学会HP)
 http://www.esj.ne.jp/esj/message/no0503.html
 http://www.esj.ne.jp/esj/Activity/2017Hiari.html

 

(橋本佳明・三橋弘宗)


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