ホソバナンブスズのアイソシンタイプ(副等価基準標本)
Isosyntype of Sasa uinuizoana Koidz. in Acta Phytotax. Geobot. 4: 90 (1935).
ホソバナンブスズは小泉源一氏により1935年に記載されたササ類で,種小名は採集者の宇井縫蔵氏註1にちなみます (Koidzumi 1935).原記載には「Hab. Japonia: prov. Settsu, mt. Rokkozan (lg. Nuizo Ui 27 Jul. 1934)」と引用されています.京都大学総合博物館にはそれに対応する標本が2枚ありましたので (KYO-00078990 & 00078991) ,両者はシンタイプと考えられます.今回ひとはくから見いだされた標本 (HYO_C2-133843: 左写真) には,2枚のラベルが貼付されていました.1枚は武田薬品工業株式會社研究所腊葉標本庫のヘッダのもので,「Sasa Uinuizoana Koidzumi Hosoba-nanbu-suzu. Rokko-santyo. Settu. Jul, 27 1934 N, Ui Num. 13559」と記されていました.ラベルの上に"Ex Herb. N. Ui" という赤い判が押されており,この標本が宇井縫蔵氏のコレクションから出た標本であることが分かります.もう1枚は室井綽氏のラベル ("Herb. Hiroshi Muroi, Kobe, Japan." というヘッダを持つ) で,「Sasa Uinuizoana Koidz. Syn. Sasamorpha Uinuizoana Koidz. Setsu: mt. Rokko July 27. 1934 Nuizo Uno」とあります.武田薬品のラベルとほぼ同じ標本情報ですが,採集者を「Nuizo Uno」としています.おそらく室井氏がラベル情報を書き写す際に採集者の宇井氏の苗字を,やはり関西の有名な植物収集家である宇野確雄氏註2(1895−1984) と取り違えて書き間違えたのではないかと思われます.また,ひとはくの標本には宇井氏自身が書いたメモなどは残されておらず,京都大学の標本にある標本番号 (no. 52) もありません(武田薬品のラベルにある no. 13559 は、武田薬品のハーバリウム・ナンバーと思われます).しかしながら,採集日,採集地,採集者などの標本情報は京都大学の標本と一致することから,この標本はその重複標本と考え,アイソシンタイプと判断しました。(自然・環境評価研究部 高野温子)
註1) 宇井縫蔵 (1878−1946) 和歌山県生まれ.和歌山県師範学校卒業後小学校で訓導,大正14年には田辺高等女学校教諭となり,教鞭をとる傍ら和歌山県内の生物,特に魚類の研究を専門としたが,植物にも関心を持ち採集をした.著書に『紀州魚譜』,『紀州植物前編』,『紀州植物誌』などがある.
註2)宇野確雄 (1895−1984) 岡山県生まれ.大正4年岡山師範学校を卒業後,岡山県内の小学校の訓導を歴任し,大正9年から和歌山で県立海草中学校,神戸・京都で旧制中学校教諭を歴任し,旧制神戸高等商業学校助教授を経て,戦後は倉敷青陵高等学校,ノートルダム清心女子大学などで教鞭をとる.北海道,樺太,台湾,朝鮮などで植物採集や研究活動をおこなっている.また昭和11年以降,数度にわたりアメリカ・ハーバード大学に行き,アメリカの著名な研究者と標本の交換をしている.