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ユニバーサル・ミュージアムをめざして28

 

博物館ファンは認知症にならない?-1

 

三谷 雅純(みたに まさずみ)

 

 

 

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 わたしも、いつの間にか「現役世代」の終わりが見え始めました。まだ若いつもりですし、「現役」時代にやっておきたいことは山のようにあります。それに、仮にわたし自身が「高齢者世代」になったとしても、自分なりの活動は続けるつもりです。青年のように活躍している「高齢者」は、いくらでもいます。でも「現役世代」の終わりが見えてきたというのは事実です。こればっかりは、年月(としつき)が過ぎれば誰でも「自動的に歳を重ねる」のですから、しかたないのでしょうね。ただし、わたしの周りでは皆さん、若い時とあまり変わりがありません。その事を思うと「高齢者」や「高齢者世代」という呼び方がおかしいのではないかという気がしてきます。

 

 「お爺さんやお婆さん」というか、おじさん・おばさん(「高齢者」という言葉は便利なのですが、あんまり行政用語過ぎて無味無臭さが、かえって鼻に付きます。この文章は自由なエッセーとかコラムとかいうジャンルですから、「高齢者」と呼ぶよりも、親しみを込めて「お爺さん・お婆さん」と呼ぶべきでしょう。でも歳(とし)から言えば、わたし自身がお爺さんの前段階、いわば「明日のお爺さん」を目指しているのですから、自分より年長の人に親しみと敬意を込める意味で、この文章では「おじさん・おばさん」としておきます)は元気なようでも、どことなく体調が良くない時があります。たとえば高血圧の人は肩がこりやすいと聞きます。高血圧は、糖尿病と並んで生活の仕方が原因でなることが多いものですから、積み重ねた年月(としつき)が長い分、おじさんやおばさんは、なりがちなのでしょう。

 

 認知症もそのひとつです。ただし、今では、昔のように恐がる症状ではないと言われるようです。認知症も高血圧と似たところがあって、元来、年齢とは関係なくなるものです。そのために若い人でも認知症になる事があります。ことによると、高血圧や糖尿病に生まれつきなりやすい人がいるのと同じで、生まれつき「認知症になりやすい体質」の人がいるかもしれません――残念ながら、わたしには正確な知識がありません。

 

 その認知症です。予防法がいろいろあるようです。たとえば、一桁(ひとけた)の足し算・引き算をやるとか、毎日の出来事を日記に書くとかです。名文を書き写すだけでも、効果があると聞いた事があるように思います。そんな認知症の予防法のひとつが生涯学習です。博物館や美術館でやるセミナーやイベントに参加すると、認知症の予防に役立つというのです。

 

 これはまあ、実際は博物館に限らずに、「何でもいいから、知的活動の習慣を持ちましょう」という事だと思います。自分ひとりでやろうとしても、ついつい億劫(おっくう)になってしまいます。よほど好きなことでないと、やろうと決心をするだけでは三日坊主で終わるのが落ちです。そこで、スケジュールが決まっている、たとえば文化センターのセミナーや、最近は大学の市民向け公開講座というのがありますから、それを利用するのです。中でも博物館や美術館の生涯学習プログラムは定期的に開かれていますから、自然と仲間ができるものです。仲間ができると続けられます。ただし、普通は参加費と交通費がかかります。受講料は安い所と高い所がありますが、交通費はバカになりません。

 

 知的活動の習慣ができれば、どんないい事があるのでしょうか? まずノートを取ります――セミナーの講師や講演をしている立場から言うと、話を聞くだけでノートは取らないという方も多いのですが、取った方が「知的活動」っぽいです。それに後から見直せます。いったん聞いた事を思い出すのは脳の活性化につながりますし、講師の言う事を、もっと理解しようとします。どこかに矛盾を感じたら、今度、会った時にでも質問ができます。質問をする時は、ほどよく緊張しますから、これも脳の活性化につながります。そして疑問が湧いたら、それを解決するために新たに本を読みます。本屋に行って本を手に取ったり、図書館で本を探したりします。これが脳にいい事は言うまでもありません。

 

 このような知的活動は脳を活発に働かすのです。しかし、それでも人によってはもの足りません。なぜかというと、やはり受け身だからでしょう。

 

 私営の文化センターは商行為ですから、子どもの学習塾の親戚です。受講者が受け身なのは当たり前です。大学の市民向け公開講座や博物館・美術館の生涯学習プログラムも同じです。受け身でも刺激はあります。しかし、限られたものになりがちです。講師が用意したものしかわかりません。講師が想像力を働かせて、さまざまな年代の人にそれぞれ理解しやすいものを作ってくれればいいようなものですが、それだと受講者ではなく、講師の認知症を防いでいるだけです。講師が考えた以上の事はわかりません。それに講師が何でも知っているなんて、思わない方がいいです。講師のアイデアをもとにして、本屋や図書館で認識を深めれば講師以上のことはわかります。しかし、どうにも窮屈です。自由な学問の発想がありません。既成の権威に縛られない事こそが学問の本質です。本気でやる気になった人にとっては、そこが、どうにももどかしいところです。

 

――認知症の人がこの文章を読んでくれていると仮定して書きます。やる気になる事と、認知症であることは、何も矛盾しません。認知症のクリスティーン・ブライデンさんというオーストラリアの女性 (1) は、自分の脳のMRI画像をスライドにして、世界中を飛び回って講演しておられます。みんなもっと認知症について正しい知識を持って下さいというのが、ブライデンさんの主張です。わたしもそう思います。認知症を必要以上に恐がることはないのです。

 

 もっと能動的になって、こちらから何かをやるというのが選択肢のひとつです。博物館や美術館のボランティア・スタッフは、能動的な活動のひとつでしょう。

 

 ボランティア・スタッフは体力のある人にしか務まらないというのは神話です。確かに体力の要(い)るボランティア活動は多いのですが、でも、人生の先輩であるおじさん・おばさんにしかできない活動があります。

 

 

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 <ひとはく>といっしょに活動をしている「人と自然の会」は、博物館ボランティアというより、自立した活動をする市民団体です。そう断った上でなのですが、その「人と自然の会」の活動として、昔の子どもの遊び、たとえば凧(たこ)揚(あ)げや独楽(こま)回(まわ)しなんかをやって見せて下さいます。

 

 凧(たこ)揚(あ)げや独楽(こま)回(まわ)しを、自分でやってみた方はわかるでしょう。昔の遊びを楽しむには、それなりの練習と技術が必要なのです。やった事のない人が急にやっても、うまくいきません。ただし、コツをつかむと、とたんにうまく遊べます。そのコツを伝授できるのが、おじさん・おばさんなのです。おじさんやおばさんにとっても、子ども好きな人は特に、楽しくてたまらない活動でしょう。

 

 <ひとはく>とは違いますが、各地の民俗伝承館には、昔の遊びだけでなく、今ではやらなくなった農作業や漁労(ぎょろう)や機織(はたお)りの用具などが置いてあります。これを展示品として見るだけでは、おもしろくも何ともありません。実際に、その道具を使ったことのあるおじさんとおばさんが、どのように使うのかを実演してくれて始めて、おもしろいさが伝わるのです。

 

 各地に伝わる、しかし、今は作らなくなった郷土料理もあります。商品になった「郷土料理」ではなく――商品は売れなければ意味がありません――売れないけれど、食べてみればおいしいという郷土料理が、きっとあるはずです。その作り方を教えてくれるのは、その地域のおじさん・おばさんしかいないのです。<ひとはく>でも、できると楽しそうです。

 

 昔の遊びや郷土料理の作り方は、ただ昔を懐かしむというだけではありません。もちろん、その伝承は民俗学的には意味のある行為ですが、それだけでなく、おじさん・おばさんの側にとっては、自分たちの若かった頃の事を回想する絶好の機会なのです。それも受け身で回想をするのではない。自分たちの昔の生活を思い出して、それを伝える。そうすることで感謝される。そして観客(=昔を知らない、現代の生活をする人)は目を見張り、自分たちのルーツを見直すのです。

 

 いかがでしょうか?

 

 次ぎに続きます。続きが、本当に書きたいことです。

 

 

(1) クリスティーン・ブライデンさんは、オーストラリアの科学者です。NHKの福祉ネットワークで紹介されました。

http://www.nhk.or.jp/heart-net/fnet/arch/tue/41123.html

 

 

 

三谷 雅純(みたに まさずみ)

兵庫県立大学 自然・環境科学研究所

/人と自然の博物館

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