超音波バイオテレメトリーシステムを使って、絶滅危惧種カブトガニの海中での移動パターンや越冬場所などを明らかにしました。
1 研究成果の概要
カブトガニTachypleus tridentatusは日本・中国・台湾・香港・フィリピン・ベトナム等の沿岸域に分布し、国内では九州北部と瀬戸内海の一部でのみ生息が確認されています。本種は近年の相次ぐ干潟干拓事業や海洋汚染等の影響によって個体数が激減し、野生個体群が残されている繁殖地がごくわずかな地域に限られること等から、環境省や各都道府県によってごく近い将来において野生での絶滅の危険性が極めて高いと予測される絶滅危惧IA 類に選定されています。
カブトガニの成体は6 月から8 月の大潮の満潮時に砂浜の波打ち際で産卵することが知られていますが、それ以外の海中での移動生態や越冬場所についてはほとんど情報がありませんでした。今回、福岡県福津市津屋崎沿岸において個体識別型の超音波発信器機をカブトガニ成体に装着し(合計20個体)、海中に設置した音響受信機を通して各個体の行動を追跡することによって、湾内での移動パターンや滞在性、越冬場所等が明らかとなりました。それらの情報を基に、絶滅危惧種カブトガニが生息する沿岸環境の保全のあり方や保護区の制定等の具体的な対策について考察しました。
2 論文発表の概要
研究論文名:Movement Patterns and Residency of the Critically Endangered Horseshoe Crab Tachypleus tridentatus in a Semi-enclosed Bay Determined Using Acoustic Telemetry
(超音波テレメトリーを使って明らかにされた、半閉鎖的湾内における絶滅危惧種カブトガニの移動パターンと滞在性)
著者:和田年史(兵庫県立大学 自然・環境科学研究所/兵庫県立人と自然の博物館),満潮隆寛(福岡県立水産高等学校),井上進也(九州工業大学),小池裕子(九州大学大学院比較社会文化学府),河邊 玲(長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科附属環東シナ海環境資源研究センター)
公表雑誌:PLOS ONE(Public Library of Science 社より刊行されているオープンアクセスの査読付き科学雑誌)11(2): e0147429
公表日:米国時間 2016年 2月10日(水)(オンライン版)
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0147429
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所(リンク先)
http://www.hitohaku.jp/shizenken/news/2016/02/post-16.html
3 本研究の概要
(背景)
カブトガニ Tachypleus tridentatus (Leach, 1819) は節足動物門節口綱剣尾目カブトガニ科に属し、日本・中国・台湾・香港・フィリピン・ベトナム等の沿岸域に広く分布している。しかし、日本をはじめ、台湾や香港などでも近年の沿岸開発や海洋汚染等の影響によって個体数が減少している。国内では九州北部と瀬戸内海の一部でのみ生息が確認されているが、野生個体群が残されている繁殖地がごくわずかであること等から、環境省や各都道府県のレッドデータブックでは絶滅危惧IA 類として掲載されている。
カブトガニはその生活史を通して複数の異なる沿岸環境を必要とする。すなわち、成体が 6 月下旬から8 月下旬までの大潮の満潮時に最満潮線付近の砂浜で産卵する。砂の中で孵化した稚仔は、越冬後に隣接する泥干潟へ移動し、そこで脱皮を繰り返して成長する。そして、甲らの幅(甲幅)が 70 mm を超えた亜成体は干潟を出て藻場などで生育し、成体になると水深 20 m 付近の沖合の海域で過ごすと考えられていた。しかし、カブトガニの成体が産卵のために波打ち際の浅場に現れる大潮の満潮時以外に、どこで何をしているのかという科学的な情報はほとんどなく、海中での移動パターンや越冬場所についても明らかにされていませんでした。
そこで本研究では、近年、魚類・甲殻類・頭足類・海産哺乳類等の様々な動物において海中での移動行動や生息場所利用を解明している超音波バイオテレメトリーを使って、絶滅危惧種カブトガニの移動パターンや湾内での滞在性等を明らかにすることを目的とした。
(研究手法と対象個体)
研究手法として用いた超音波バイオテレメトリーとは、動物に装着した超音波発信機とそこから発せられる信号を記録する音響受信機を用いてデータを取得し、動物の移動行動等を追跡する手法である。
本研究では、福岡県福津市津屋崎沿岸において2006年と2007年にそれぞれ10個体のカブトガニ成体(雄15個体と雌5個体)の背甲に発信器機(Vemco社製V13およびV16)を装着した(図1)。同時に、湾奥部から湾口部にかけての通路に合計4台の音響受信機(Vemco社製VR2)を海底に設置し(図2)(2007年には湾外にも受信機を1台設置)、2009年12月までの期間中の発信機付きカブトガニの移動行動や湾内における滞在時間等を記録した。
(研究成果)
周年を通した追跡調査の結果、カブトガニ成体の移動は5月の初めから10月下旬まで記録され(3月の1例を除く)、7月と8月の繁殖盛期を含めた高水温期に活発に活動することが明らかになった(図3)。また、本種の成体は昼夜ともに移動を行ったが、比較的夜間に活発に活動する傾向が示された(図4)。この傾向は繁殖期および繁殖期前に特に顕著に現れた。さらに繁殖ペアの行動を同時に追跡することによって、産卵後、最長で17日間ペアのままで雌雄がともに行動する例が確認された。これまで水深 20 m 付近の沖合で過ごすと考えられていた越冬場所については、全体の60%以上(記録された20回のうち13回)で泥干潟のある湾奥部やアマモ場が散在する湾口部等の湾内で越冬していることが初めて明らかとなった。本研究結果から、カブトガニ成体は干潟・藻場・砂浜等が隣接する沿岸環境や湾内に、周年を通して強く依存した生活を行っていることが示された。
(今後への期待)
我が国のカブトガニは、近年の相次ぐ経済優先の人間活動によって多くの生息環境を失い、現在絶滅の危機に瀕している。10年前には多くの繁殖個体が確認された津屋崎沿岸域でも個体数が激減し、ここ数年は繁殖個体が確認されていない。生活史を通して砂浜・干潟・アマモ場等の多様な沿岸環境を利用するカブトガニにとって、いずれの沿岸環境も必要不可欠な存在であり、本種を守るためには沿岸生態系全体を包括した保全策が求められる。具体的な対策としては、重要な繁殖地や幼生の生育地である泥干潟等に保護区を設けることが効果的かつ適切な個体群の維持管理に貢献すると考えられる。近年、海外の台湾や香港などでも本種の減少傾向が報告されており、今後も引き続き、各地域でカブトガニが減少している要因を科学的調査によって解明し、積極的な保全対策を講じていくことが期待される。
4 担当
兵庫県立人と自然の博物館 主任任研究員
(兵庫県立大学 自然・環境科学研究所 准教授)和田 年史
【参考図】
図1(左).背甲に発信器機を装着したカブトガニの繁殖ペア(前が雌で、後ろが雄)
図2(右).海中に設置した音響受信機
図3(左).カブトガニ成体の月別移動頻度と調査海域における周年海水温
図4(右).カブトガニ成体の移動の日周性