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海外の調査から・4

ヨーロッパ博物館探訪記

技術職員  遠藤 知二



 階段を上がって地下鉄の出入口から突き刺すように寒い外気の通りへ出ると、思わずぎょっとする。電車の車体が大地を破って半身だけ地上へ飛び出しているのだ。これは、ゼンケンベルグ自然史博物館(ドイツ)に近いボッケンハイマー・バルテ駅の出入口の一つに仕掛けられた遊び。少し歩くと、巨大なアンモナイトを入り口に配した当のゼンケンベルグにたどりつき、遊び心に感染したまま博物館の中へ入ることになる。
 中でまず迎えてくれるのは、トリケラトプス(博物館のシンボルマーク)その他の恐竜たちと、その間に置かれたニューヨーク在住のアーティストによるザ・テーブルと題された作品である。クレーンからつり下げられた球体は、崩壊の危機にある地球環境を象徴している。白亜紀の終わりに絶滅した恐竜たちの部屋には、今また大量絶滅の時代を迎えている地球の姿が似つかわしいというわけだ。ともあれ、古めかしい博物館のイメージとは違って、ここから受ける印象はずっとモダンで明るい。
 刺激にみちた展示ホールから増築によって迷路のようになった通路を通って楽屋裏へまわると、表からはあまり見えない研究所としてのゼンケンベルグが現れる。この博物館の正式名称は、「ゼンケンベルグ研究所および自然博物館」であり、分類学、古生物学、生態学などの世界的な研究センターなのだ。たとえば、陸水学部門のトビアスさんの研究も、トビケラの分類を手がけるかたわら、地元フランクフルトを流れるマイン川にある発電所の温排水が環境に与える影響の調査から北アフリカ・サヘル地方の人工湖における生物生産の調査に及ぶ。これらの研究は、博物館の展示を見ているだけではうかがい知れない地味なものである。しかし、環境問題にまつわる基礎研究を行うことも、研究所としてのゼンケンベルグの重要課題であり、いずれ博物館の展示の中にそのコンセプトが生かされてくるにちがいない。
 ゼンケンベルグは、展示や講演を通じての教育活動と研究活動の双方ともに高い水準でバランスがとれている。その点にかけては、おそらくヨーロッパ大陸のなかでも随一といっていい研究所/博物館だが、同じことは今回訪れた他の博物館にもあてはまる。もちろん、これらの博物館が展示や教育のための専門スタッフと研究スタッフとを豊富にかかえていることはいうまでもない。
 さて、ここで私の頭の中に一つのイメージが浮かび上がる。それは、博物館に特有のくねくねとした迷路のような空間にも似ている。一方の出入口は街角に開いており、内部はさまざまな領域に向けて錯綜した空間が広がっている。絶滅しかけている動物たちの姿や無機的な輝きをもつ鉱物の結晶に出くわすこともあるだろう。遊び心を刺激されながら、とりあえずはここにかき集められた世界の多様性に目をみはればよい。もう一方の出入口は、書物や論文といった媒体を通じて外側に開いていて、内部はやはり錯綜した空間が広がっている。ここでは、それぞれの分野の研究者が日常の地道な活動を続けている。二つの網上に広がった空間は、博物館の中の展示を通じて接している。
 博物館をあとにして再び街中へ逆戻りする。迷路じみた古い町並みと突如出現するモダンアート。何のことはない、相変わらず博物館の中にいるようなものだが、訪れる前と少し視線の投げ方が変わったような気がするのは錯覚だろうか。
<写真:ゼンケンベルグ自然史博物館の第1展示ホール>

期間:1991.11.25〜12.18
訪問都市(機関)
Bruxelles(ベルギー王立自然科学博物館)、Hannover(ニーダーザクセン州立博物館)、Berlin(フンボルト大学自然史博物館)、Frankfurt(ゼンケンベルク自然史博物館)、Munchen(ドイツ博物館)、Geneve(ジュネーブ自然史博物館)

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Copyright(C) 1998, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 1998/03/27