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博物館をひとの体にたとえると・・・
ふつう、博物館と聞いたらどんなイメージがわいてくるでしょうか。「カビくさい」「古めかしい」「ほこりをかぶった」といった言葉が思い浮かびます。「博物館行き」という言葉もご存知ですね。
兵庫県が建設を計画している博物館は、このような古いタイプの博物館ではありません。新しい博物館とは、どんな博物館なのでしょうか。人間の体と比較しながら、一緒に新しい博物館を考えてみましょう。
展示は博物館の顔
博物館というと、すぐに展示物というのが思い浮かびます。入館者は展示品しか見せてもらえないので、「博物館=展示」という感覚になってしまいがちですが、もちろん展示というのは博物館の一部です。見た目には簡単な展示でもその裏には担当の専門職員の積み上げた研究があるものです。私たちは展示を研究活動の成果の発表と考えています。
すると、博物館の「展示」は、人間のからだにたとえると、何にあたるのでしょうか。おそらく、いつも外に出ている「顔」といったところでしょう。展示を見ればその博物館の性格や方向性を知ることができますから、「展示は博物館の顔」と表現できるでしょう。
「顔」の下には筋肉があります。直接には見えなくても顔の表情を作り出しているのは皮膚の下の筋肉(表情筋)です。この筋肉あたることころが展示を支えている「研究」というわけです。
同じような考え方を手や足にも広げることができます。手や足の皮膚とその下の筋肉の関係は、鑑賞会や学習会、講演会といった「普及活動」とそれを支えている「研究活動」にあたるのではないでしょうか。
博物館の骨格
手足とその下の筋肉まで考えてくると、当然その筋肉の中心にある骨が思い浮かびます。博物館で人間の骨格にあたるものといったら、いったい何でしょうか。
それには、標本やレプリカといった収蔵資料をあてることができます。収蔵資料は昔から博物館の基本的な土台となってきました。私たちの基本体系が骨格で決まっているように、収蔵資料は博物館の基本体形を決めている大きな要素と考えられます。
しかし、いくら基本的なものといっても骨格だけでは生きた博物館になりません。骨格を動かす筋肉(=研究)とそれに栄養と酸素を与える血液が必要なのです。
次はその血液についてお話します。
博物館にはホットな血が通う
最新の情報を皆さんに提供するために、自然系博物館はしっかりした研究のできる研究室を整備しようとしています。しかし、たくさんの研究室があっても、それぞれの研究室がばらばらに活動していては展示も普及活動もばらばらになってしまいます。各自の専門以外のところの情報を的確につかんで自分との関連を考えなければなりません。そのためにはどうしたらいいのでしょうか。
人間のからだの中で顔の皮膚とその下の筋肉に酸素と栄養分を与えているのは、血液です。からだの各器官各組織が元気に活動できるのは血液があるからです。血液で各組織が結びつけられているからこそ、各組織は統一のとれた活動をして、一個体のからだをつくりあげ維持できることになります。
博物館でこの血液にあたるものは、収蔵資料などの「物」にそなわっている「情報」です。情報がたくさんあってスムーズに各研究室の間、博物館の内外を行き来すれば、博物館は「元気に」活動することができます。情報をうまく動かすには、コンピューターを中心に積み上げた情報システムが必要です。情報システムが情報を収集し、情報を提供するのです。だから、博物館の「情報システム」は人間のからだで言えば「循環器(=心臓、血管系、リンパ系)」にあたり、コンピューターはポンプ役の「心臓」ということになります。
「生きている」博物館には、「温かい血液」(=ホットな情報)がすみずみまで脈々と巡っているのです。
博物館の頭脳とは
コンピューターが人間の「心臓」だとしたら、「頭脳」にあたるものは、博物館ではどこになるのでしょうか。それは具体的にどこというのはむずかしい部分です。おそらく、博物館の職員だけでなく博物館を中心に活動している人々の知識やアイデアが集まったものと言えるでしょう。違った専門分野の知識がしっかりと結びついて、正しい情報を十分に生かしていくと、そこに「シンクタンク」機能が生まれてきます。
「シンクタンク」というのはちょっと聞きなれない言葉ですが、頭脳集団を意味しています。「三人よれば文殊の知恵」という言葉あるように、頭脳集団は人間ひとりひとりでは解決しにくいような複雑な問題について力を発揮します。大気汚染や酸性雨などの環境問題や、周辺の自然になじむ居住地域をつくるといった地域計画などに対して、正確な情報を取り出し、適切な方向づけをしていきます。これが博物館の「頭脳」の実体です。
人間の脳はからだの他の部分の七倍もの血液を必要としており、十倍もの酸素を消費すると言われています。博物館の頭脳も血液(=情報)をとくにたくさん必要としています。
博物館の様々な情報はデーターベースの形につくられていきます。それを柔軟に正しく扱えるシンクタンク機能が、新しい博物館のめざす大きな特徴です。
県民は感覚器官?
目、耳、鼻、そして、触覚・痛覚・温覚を感じる皮膚などは感覚器官と呼ばれます。こうした感覚器官と感覚情報を運ぶ神経系は、実際に展示や普及活動に参加する県民の皆さんにあたるのではないでしょうか。つまり、入館される皆さんを博物館にとって「外部の人」と考えるのではなくて、博物館というからだの一部、感覚器官だと考えるのです。
そこで、まず自分の顔を鏡でじっくり見て下さい。鏡にうつっている顔は博物館の展示です。不精ひげが生えていたら・・・・。化粧が濃すぎるときは・・・。展示が他の人の顔でなく自分の顔なら、見る目はきっと違ってきます。
感覚器官は目だけはありません。自分の声をしっかり聞いてみて下さい。自分の肌のにおいもちゃんとかいで下さい。自分の感覚器官の素直な情報が神経を通じ自分のからだに戻ってきます。これではじめて、「博物館は県民のもの」になるのです。
「新しい博物館」としていろいろ目新しいことを考え、りっぱに美しく整然とつくりあげたとしても、県民の皆さんがあまり利用しないような、ほとんど寄り付かないような博物館ではつくった意味がありません。そうならないために、県民の皆さんは博物館の「感覚器官」となるのです。敏感に感じた正しい情報をすばやく正確に「筋肉」(=学芸員)に伝えて下さい。
「新しい博物館」は今、県庁のおなかの中にいます。開館が誕生のときです。からだはすくすくと育ちつつあります。からだに必要な酸素を吸収したり、からだをつくりあげるタンパク質を集めたり・・・・肺や胃腸(=事務系の仕事)はフル回転で活動しています。
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Copyright(C) 1998, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 1998/03/27