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◇ 一人の命は地球より重い?
●本当に一人の命は地球より重い?
「一人の命は地球より重い」。この言葉は、かつてハイジャックにあった乗客を
救うときに使われました。でも、本当に一人の命は地球より重いのでしょうか。も
ちろんイエスと言いたいところですが、たとえば、国連の事務総長だったとしたら
、素直にそう言い切れるでしょうか。地球のために一人の命を犠牲にすることがな
いとはいえません。そんなとき、あなたならどうしますか。
さて、少々イジワルな質問をしてみましたが、この言葉で言いたいのはもちろん
そんなことではありませんね。それほど人の命が大切だということです。そんなこ
とジョーシキに聞こえるかもしれませんが、残念ながらこの地球上には、生きて明
日が迎えられるかどうかわからない人が大勢いて、この言葉からは掛け離れた現実
があります。しかし、これが理想を表現していると考えると、反対の意見の人はほ
とんどいないのではないでしょうか。ヒューマニズムの時代といわれる二十世紀に
ふさわしい言葉といえるかもしれません。
●インドのトラの話
ところが、二十世紀が終わりに近づくにつれ、この考えを修正する必要が感じら
れてきました。一つの例として、インドのトラの話をしましょう。インドにはベン
ガルトラがすんでいますが、だんだん数が減る一方なのを心配したインド政府は、
トラを保護するために、殺される人が出てもトラを殺さないことにしました。「そ
れじゃ、まるで江戸時代のお犬様みたい」とムキにならなくても、ここで問題にさ
れているのは、個体としてのヒトと個体としてのトラではありません。個体として
のヒトと種としてのトラ。つまり、トラという種を絶滅から守るためには、ヒトの
個体が犠牲になるのはやむをえないということなのです。
とはいうものの、これは一応、一人の人間よりも他の生き物の方が大切な場合が
あることを認めているわけですから、一人の人間の命が何よりも大切という考えと
は相いれません。しかし、ここでトラを自然と置き換えてみるとどうでしょう。
「仕方ないかな」と思う人が増えるのではないでしょうか。
●自然の生存権
自然破壊が進むにつれ、これまでジョーシキと思ってきたことを変えなければな
らなくなってきました。その一つがこれ、つまり「自然の生存権」の問題です。と
いうと難しく聞こえるかもしれませんが、要するに「人間だけでなく、生物の種や
生態系にも生きる権利があって、人間の都合で好き勝手にしてはいけない」という
ことです。この中に、地形や岩石など、生命のないものも含めるべきという意見も
あります。今はまだこうした考え方をする人は少数派ですが、将来は多数派になる
かもしれません。中には、地球そのものが一個の生命体であると考える人もいます
。こうした考えを「ガイア仮説」といいますが、もしこれが正しいとすると、二十
一世紀には、地球は人間だけのものではないという意味で、「地球は一人の命より
重い」と言い換える必要が出てくるかもしれませんね。
ここで私が話したことは、京都大学の加藤尚武先生が書かれた『環境倫理学のす
すめ』という本にもっと詳しく説明されています。少し難しいかもしれませんが、
興味のある人はぜひ読んでみて下さい。
●あなたとわたしがつくる…
もうすぐ二十一世紀です。新しい世紀がどのような時代となるかはわかりません
が、今までよりもっと自然や環境が大切になるのではないかと思います。自然と共
に生きる、地球にやさしい、新しい文化が求められています。それをつくるのはあ
なたとわたしです。
(環境計画研究部 田原直樹)
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Copyright(C) 1995, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 1995/12/18