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水路とくらす

−まちなみの新しい視点−

 八幡掘沿いの民家/
堀に面して立派な蔵が残されています。
蔵には門扉と水路に下りる為の石段もしつらえられています。

 

 世界各地にはさまざまなまちなみがあります。歴史的なまちなみや近代的な建築物の建ち並ぶまちなみ、緑豊かなまちなみなど。近年、多くの日本人が海外旅行に出かけますが、海外旅行が人気の理由の一つに、おいしいモノを食べたり、珍しいモノを買ったりすることに加えて、旅先のまちなみの醸し出すいわばまちの独特の雰囲気を楽しんでいる側面があるでしょう。まちなみはその地域の人々の暮らしや文化を映し出し、見る者にそれを如実に伝えてくれます。たとえば、歴史的なまちなみをみることに より、私たちはかつての人々の暮らしぶりや考え方、文化などをかいま見て、それを現在のそれと比べることができるのです。
 日本にも多くの歴史的なまちなみがあります。その中でまちなみを特徴づけていた一つの大きな要素が水路といえるでしょう。出石や郡上八幡、近江八幡、飛騨高山、金沢、柳川など日本には数多くの水路で有名なまちなみがあります。水のあるまちなみを歩くと気づかれると思いますが、多くの家々に道の前や家の裏に水路や川にいくための専用の階段や路地が残されています。また、水辺には石で組まれた洗い場や水くみ場、荷揚場などの痕跡を見つけだすことができ、人々の生活と水が密接につながっていたことを物語っています。たとえば水路沿いの家屋には数多く水路にいたる階段が設置されているのに気づくかもしれません。滋賀県近江八幡の八幡堀の歴史的な商家では玄関が2つあるのを見つけることができます。一つは道路に面した通常の玄関、そしてちょうど反対側にもう一つ水路に面した北側の玄関です。今はこの北側の玄関は使用されていませんが、立派な門扉と木戸を有しており、庭木なども丁寧にしつらえてあります。また、水路側には庭だけでなく小さな畑もしばしばみかけられます。聞くところによると、かつてはこの水路が道路のような役割を果たしており、大阪や京都からの荷を積んだ舟が往来していたそうです。また、近隣の農家からは野菜などを舟に乗って売りにきていて、さながら水上マーケットのようなにぎわいがあったそうです。さらに、現在のように上下水道も発達していない時代には、貴重な水源でもありました。このようなかつての八幡堀がもっていた機能をヒアリングや文献からまとめたものが表1です。水路が数多くの意味をもっていたことがわかります。
 この八幡堀に限らず、水路は人々の生活にとって欠くことのできない重要なものでした。そのために人々は水路をとても大切にして、各戸あるいは地域で共同して水路を管理してきました。また、水路沿いに庭木を植えたりして、美しい空間を演出することにも心が配られていました。そして、この地域共同の資産である水路を大切に守るために各地域独自の様々なルールが作られました。たとえば、汚物を洗うのはどのくらいの時間にすべきだとか、何々を洗う場所はここにする、あるいは水路では何々をしてはいけない。水路に問題が生じた時には誰がどのように対応するといったことが綿密に定められていたのです。そして、このような水と人と地域社会との関わりが水のあるまちなみに体現されているのです。単に、見た目が古く歴史を感じさせるだけでなく、そこからかつての人々の生活や地域社会の姿を読みとることができます。また、一見何気ない空間にかつて与えられていたくらしの中の意味を読みとることは一種の謎解きであり、昔の人々との知恵比べともいえるかもしれません。このようなことも水路のあるまちなみの魅力の一つかもしれません。

 


水路と民家の間の路地/
掘り沿いの路地はかつて荷揚場とつながっていて、
大阪や京都からの船で運ばれてきた荷物が往来していました。
今では、修景されて遊歩道として整備されています。





表1:くらしの中の八幡堀の意味
<道としての水路−移動・輸送・交流>
@農村と町の人と物の交流の場
 ・農村から野菜売り。堀の船上で販売される。
A市場としての水路
 ・物売りが田舟で来訪し、販売は船上で行われた。
人々は階段から堀に下りて、これらを購入していた。
 ・琵琶湖の魚介類の販売
B堀を介した町人の往来
 ・長距離の往来−大型船による人や荷物の交換
 ・域内の往来−田舟による町内あるいは近隣農村との往来

<生物のある場所としての水路>
@うろり(琵琶湖に特有の小魚)とり
 ・堀ではざるでうろりがとれ、食材として利用された。
 ・生物の取得に対する独自のルールの形成
A底泥をとる
 ・養分にとむ底泥をとり、肥料として利用
<水のある場所としての水路−保存・冷却・洗浄>
@瓦職人の水浴び
 ・堀沿いの瓦職人は仕事の後、堀で水浴びをしていた。
A障子洗い
 ・障子の桟を、一日堀につけておくときれいになった。
B野菜洗い
 ・土のついた野菜をここで洗う。

<遊び・風習・信仰の源、場>
@四丁巡り(よんちょうめぐり)
 ・堀から背割り水路に入って、まちを巡って探検する遊び。
A舟行き(ふなゆき)
 ・子供達が田舟で湖や内湖にでて、レースや泳ぎをする。
B長命寺参り
 ・西国巡礼の寺長命寺に近隣同士で年に一回夜にお参りに行く。
C精霊流し
 ・お盆のときに堀に精霊流しが行われた。

 

(文・写真 自然・環境マネジメント研究部 客野尚志)



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Copyright(C) 1999, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 2002/02/15