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−苔を見る 小さな花の世界−

ケチョウチンゴケの群落のようす

見慣れた風景に隠された秘密

 いつもの見慣れた散歩道にも、少しだけ顔を地面に近づけて目の高さを変えてみると、思いがけない発見が隠されています。これまで見過ごしていた、不思議なコケの世界がそこには広がっているのです。
 コケを見るのには、なにも今日との苔寺まででかける必要はありません。私たちが気づかないだけで、意外なほど身近な場所にもコケはしっかりと生きています。コケの世界を訪ねるときには、虫眼鏡が頼もしい助手になってくれます。専門家がルーペと呼んでいる高価なものでなくても結構、駄菓子屋で売っている安い虫眼鏡(太陽の光を集めて紙を焦がした経験があるはずです)や、お年寄りが新聞を読むのに使っている天眼鏡で十分です。もちろん二つの目玉だけでも、その気になれば十分に観察することはできますが、コケの美しさや細部に秘められた造形美を理解するには、人間の目だけではちょっと荷が重いようです。

 

虫眼鏡片手に

 さっそくコケの世界をのぞいてみましょう。まずは家のまわりに普通にあるコンクリートの溝からはじめます。すこし盛り上がったかたまりをつくっている、ちょっとビロードみたいな手触りをした、緑色したものが見つかるはずです。これはハリガネゴケという、実にわかりやすい名前がつけられています。それでは虫眼鏡でのぞいてみます。もし地面に座り込むのが嫌ならば、少し指でつまんで観察してみてもいいでしょう。かたまりに見えたものが、実はたくさんの茎のあつまりで、茎には多くの葉がついているのがわかることでしょう。
 同じように、庭先の地面や、木の幹を探してみましょう。平べったくて光沢のあるコケを見つけたら、それはツヤゴケの仲間です。光が良くあたる場所に、クルクルと巻いた葉をつけてはっているのはハイゴケです。ツヤがあるからツヤゴケ、地面をはうからハイゴケと実にわかりやすい名前がついています。

ケチョウチンゴケの葉の拡大:虫眼鏡でのぞくとこのように細胞がハッキリと見える

コケの花の正体

 コケはどうやって増えるのでしょうか。気づかないうちにいつのまにコケが生えているかのようですが、ちゃんと理由があります。胞子が飛んできたから生えたのです。胞子はとても小さな粒のようなもので、100万個あつめても1グラムにならないくらい軽くて小さなものです。この胞子がつくるのが、いわゆるコケの「花」です。
 本当は、みなさんご存じのようにコケに花なんかありません。花があるのは実とタネをつける高等植物だけです。けれどもよく観察してみると、先が丸く膨らんだものがコケの群落の中からたくさんつきだしているのに気づかれると思います。そのつきだしている棒状のものの先端は丸く膨らんでいて、ここに先ほどの胞子がたくさんつまっています。この膨らんだ部分は「朔」あるいは「胞子のう」とよばれています。胞子のうは茶色だったり、赤っぽかったりしますので、緑色のコケの本体と対照的で、その印象がとても小さな花を思わせるのでしょう。これをさしてコケの花ということがあるのです。

 

いろいろなコケの花

 この号のカラーページでは、いろんなコケの「花」をお見せしています。コケは世界に1万数千種、日本には約1600種が知られていて、小さなものでは数ミリの大きさしかなく、逆に身体の大きなものでは数十センチにも達します。また水の中に生える種類では、もっとずっと長くなることがあります。このようなたくさんの種類のコケがありますから、それに対応してコケの「花」にも様々な形がみられます。その多様性を見て楽しんでいただければと思います。表紙には有名なヒカリゴケとその「花」を載せています。光を反射して緑色に輝くのはヒカリゴケの本体ではなく、「原糸体」と呼ばれる糸状の部分です。

 

(写真:平岡環境科学研究所 平岡正三郎)
(文 :系統分類研究部 秋山 弘之)



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Revised 2001/3/14