私たちが野生生物の絶滅を心配するとき、その生物は目にみえる種に限られます。しかし、顕微鏡でしかみ ることのできない小さな生物のなかにも、人間の手によってそのすみかを完全に失いかけている種がいます。 ある珪藻は、自然の干潟が失われていくにしたがって、その生息が危ぶまれています。 珪藻はとても小さな藻類の仲間で、海、川、湖などさまざまな水域に生育し、場所ごとに生息する種が違い ます。珪藻類は、水質汚染などの環境の変化によっても違ってくるので、水域環境の健康診断によく利用され ます。また、珪藻のからだはガラス質の殻で被われているので、死んでしまった後もその殻が遺骸として残り、 水底に堆積します。このため、珪藻は現在の環境だけでなく、昔の環境をさぐるのにも役立ちます。
干潟にたまった縄文時代の堆積物を顕微鏡で調べてみると、UFO みたいな珪藻の殻が、よくみつかります。 このことから、このUFO 珪藻は、縄文時代の全国の干潟に、ごく普通に生きていたと考えられています。とこ ろが現在、生きたUFO 珪藻が確認されているのは、全国でただ一ヶ所、千葉県の小櫃川(おびつがわ)河口の干潟だけです。 ここには開発をまぬがれた干潟の自然の姿が、奇跡的に残されています。このUFO 珪藻の生息地の減少は、気 候などの環境の変化によってではなく、縄文時代には当たり前にみられた、自然の干潟がほとんど失われてし まったことを物語っているに違いありません。
このUFO 珪藻は、日本でしかみつかっていない珍しい種類なのですが、悲しいかな、それは私たちの肉眼で はみえず、話題にすらのぼることはありません。いま人知れず、彼らが生きつづけた自然の干潟とともに完全 に消えようとしています。
(地球科学研究部 佐藤裕司)
写真 電子顕微鏡でみたUFO珪藻の殻(谷村好洋氏提供) 1997年にPseudopodosira kosugiiという学名がついた。 kosugiiという種小名は、小櫃川でこの珪藻の生息を 最初に報告した故小杉正人氏にちなんだもの。 |
Copyright(C) 1999, Museum of Nature and Human Activities,
Hyogo
Revised 2000/01/22