地域社会の仕組みを形作った水辺
〜3F 共存 「水辺の復権」の展示から〜
小川や池、水路などの水辺は、昔から人間の生活の場の近くに存在していました。それは、水辺が人間の生活に欠くことができないものであったからです。今では、農村地域などに行かない限り、川や池が住宅などに近接している姿はなかなか見かけることができません。それは、多くの人たちの生活に水道が普及して、これらの水辺が必要とされなくなっているためです。
かつて、水道がなかった時代には、このような水辺の空間は日常の生活の中で欠くことのできない重要なものでした。農業に利用するのは言うまでもなく、飲み水をくんだり、洗い物をしたり、洗濯をしたり、魚や貝などの食料を得たり、また養分に富んだ泥土を得たりしていました。また、道路が発達していない地区では、川が日常の交通ルートとしても機能していました。このように、水辺は生活の様々な場面に密接に関係していました。そのため、水辺の維持や管理のシステムは地域の社会の中で厳密に定められていました。それは現在の法律のような形で整備されていただけなく、地域の中での自主的な掟、あるいは伝承といった形でも周知されており、人々の生活の中に浸透していました。
このようなかつての水辺を維持管理するための仕組みや制度、組織といったものが、そのまま現在の地域社会を統制する仕組みやルール、組織に発展している例は、日本だけでなく世界中に見られます。また、各地域で独自の水に関する風習などが、祭りなどの伝統文化として現代に伝えられているのも全国各地にみることができます。このように見ると、水辺は現在の社会の様々な組織や仕組みを形作る基礎となっていたと考えることができます。
写真 兵庫県青垣町の農村の小川 (つい近年まで人の生活と川との間に関わりがあった) |
写真 金沢の水路 (歴史的にも有名で、独自の慣習を今に伝えている) |
いま、生物の環境や地球環境を守るうえで、水辺の重要性が強く訴えられていますが、それだけでなく一つの文化、歴史の源として水辺を見てみると、水辺が今までと違って見えませんか。みなさんの住んでいる地区のお祭りや行事、町内会の歴史をたどってみると、今はふたをされて忘れられている小さな川にゆきあたるかもしれません。
(環境計画研究部 客野尚志)
Copyright(C) 1999, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 2000/01/22