地面に根をおろしている植物は、動物のように活発に動くことはできません。しかしタネ(種子を含む、風によって散布される器官の総称)は、様々な仕掛けを使い新天地をもとめて遠く旅立って行きます。タネの散布の方法は、軽く翼などを持ち風によって運ばれる風散布、熟すと弾けることによって飛ばされる自動散布、スポンジ状の構造や空洞を持ち水に浮かぶ水散布、鈎爪や粘着物を持ち動物の体にくっつく付着散布、鳥などの動物に食べられて運ばれる被食散布の5つに区分できます。ここではとくに風を利用して散布する様々なタネの特徴や工夫を紹介しましょう。
タネが風を利用して遠くまで飛んでゆくには、小さくて軽いほうが有利です。しかし、あまり小さいと、発芽して大きくなる時の栄養分が不足し、途中で枯れてしまいます。
この危険を承知の上でタネを極限にまで小さくしたのがランのなかまです。ランの中にはその種子が、10万分の1ミリグラムに満たないものもあります。
このような小さな種子はダスト・シードと呼ばれ、空中に塵のように漂って飛んで行きます。栄養をほとんど持たない、丸裸の種子が発芽成長するには極めて巧妙な仕掛けが用意されています。ランはラン菌という菌類と結びついて、必要な栄養分をラン菌からもらって発芽成長するのです。
種子や果実の一部が薄く偏平になり、風を受けて空中を滑空するように飛んで行くタネです。たとえば東南アジアに生えるウリ科のハネフクベ(ヒョウタンカヅラ)は、30mを越える高木の上にツルを伸ばし、その先に直径30cmもある果実を実らせます(次ページ写真)。風が吹くと果実の中から種子がこぼれ落ち、あたかも蝶が舞うように優雅に飛翔します。
ボヘミアのエトリッヒはこの種子の構造を詳しく調べ、1904年に無尾翼グライダーをつくり、6年後の1910年には人が乗り込めるエンジン付きのグライダーを完成させました。
果実の上に毛の束がついたタネで、タンポポなどキク科植物によく見られます。この付属物は冠毛と呼ばれ、ガクが変化したものと考えられています。少ない投資で空中に長くとどまることができることや、空中での安定性などを総合的に考えると、パラシュート型のほうがグライダー型よりも優れていると考えられます。
シナノキのなかまのボダイジュのタネは、羽根の中央に軸があり、その軸の先端に丸い果実が付くという特異な形をしています。ヘリコプターの羽根に当たる器官は、果序を保護する包葉が変化してできています。果実が成熟すると包葉の基部から果序ごと離れて風に舞います。1枚の包葉に10数個の花が咲きますが、果実が成熟するとその半数以上が落下し、2-3個の果実が残ります。果実がたくさんついていると重すぎるのとバランスが悪く、うまく回転しないですぐに地上に落ちます。面白いことに果実のつく位置と羽根の大きさなどいろんな要因が絡みあって、一つとして同じ飛び方をするものはありません。
カエデやトネリコのなかま、街路樹でよく植えられるニワウルシなどのように翼をもったタネです。ヘリコプター型とよく似ていますが、回転の中心軸とタネの重心がずれて、タネ自体が回転しながら、らせん階段を降りるような複雑な回転をします。プロペラ型は回転によって翼の実際の面積の何倍もの広い翼を持ったタネに変身し、少しぐらい重いタネであっても強い風があれば、広い範囲に散布することが可能になります。
空中を飛行するために冠毛や翼などの特別な形態をした器官を持たず、表面に多くの長毛を生やしただけのタネです。ヤナギのなかまやカヤツリグサ科のワタスゲ、サギスゲなどに見られます。
そのほか、フタバガキのなかま(次ページ写真)のように、それぞれのガクはプロペラ型ですが、果実全体としてはバトミントンのシャトルのように振るまって、パラシュート型と見なせる複合型のタネも知られています
(生物資源研究部 藤井俊夫)