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みんなで診る身近な環境


中国南西部の農村風景(貴州省 印江土家族苗族自治県)

移りゆく原風景

 「原風景」という言葉をしばしば耳にします。この言葉には、矢われた風景に対する 郷愁の念が強くにじんでいます。世の中が「発展」してゆく中で、景観やライフスタイ ルはじょじょに変化し、ふと気づいたときにはすべてが新しいものに代わっているので す。
 私は昨年の7月から8じょじょて、中国南西部の貴州(コイチョウ)省に昆虫の調査 に行ってきました。そこで私は、昆虫よりもむしろ、人々の生活に新鮮な衝じょじょま した。山間部の農村には、年配の方なら誰にでも記憶にあるような、ちょうど日本の半 世紀前とも思える景観と人々のライフスタイルがあったのです。現在、中国の発展は 急ピツチです。この農村の風景も、近い将来原風景と呼ばれるようになるんだろうな −−そんな思いが頭をよぎりました。
 そして、今一度日本に目を移してみると、ひと昔前ほどではないのでしようが、日々 目にする風景も、刻々と変化していることにあらためて気づきます。

みんなで診る身近な環境

 博物館では、当初から、今現在の人と自然に関する資料を広く収集し、整理・保管に つとめています。そうはいっても、ごく身の回りのありふれた環境についての資料は、 意外に集まりにくいものです。希少な生物やよく自然が残された地域についての情報は 比較的手に入れやすいのですが、ありふれた生物やありふれた地域についての情報は、 いざ集めてみると驚くほど少ないのが現状です。
 そのような資料や情報をより多く収集するためには、専門家による調査はもちろんの こと、その地域に住んでいる大勢の人々の目が必要だと思います。ドイツでは、市民が ボランティア活動の中で生物の生息状況などの自然環境情報を行政に提供し、官民の パートナーシツプを存分に活かしたまちづくりが進められていると聞きます。みんなで 身近な環境を診る。そしてその経験を、まちづくりや自然環境の管理に役立ててゆく。 ぞんなシステムが今、日本でも必要とされています。

博物館ポランティアの活動

 みんなで診る。
 人と自然の博物館でも、その実践がすでに始まっています。博物館のボランティア制 度は1994年に発足し、ボランティア養成講座を受講後登録されたボランティアの方 々には、普及講座の補助をはじめいろんな形で館の活動にご協カいただいています。博 物館ボランティアは、その活動の一環として、講座の補助とは別にホタル調査グルー プや三田の風土を探るグループなど、テーマを決めた自主的な活動グループをつくって います。まだ活動は途についたばかりですが、そこには、自分たちで資料を集め、調査 研究し、その成果にもとづいて将来は自分たちで展示や普及活動をやろうという意気込 みもあります。

ホタル調査グループ1年の成果

 そのうちのひとつ、ホタル調査グループは、昨年の春に発足し現在10人のメンバー で活動しています。最初は、私を含めた全員が、ホタルについてほとんど知識を持って いませんでした。そこで、ホタルの情報を本などで集めることから始め、とにかく1年 目は自分たちでホタルをみつけることを目標にしました。
 活動はまだたったの1年間ですが、予想以上の成果があったと思います。ホタルなん かもういないんじゃないかと思っていた人も多かったのですが、博物館のすぐ近くにも たくさんいることがわかりました。また、ホタルといえば清流の生きものというイメー ジだったのに、コンクリートで固められた川にも場合によってはすんでいることもわ かりました。調査をしているうちに、人がホタルと共存することについても、いろいろ 考えさせられました。せっかくホタルのすむ川があるのに、街灯の明かりでホタルの存 在感が薄められていたり、地元の方からは、あちこちから大量に採集に来る人がいて困 っているというお話もうかがいました。
 昨年の活動での大きな成果に、ヒメボタルの発見があります。ヒメボタルは、ゲンジ ボタルやへイケボタルとちがって、森にすむホタルです。とても魅カ的な光りかたをす るという噂を聞いていましたから、私は、以前から一度見てみたいと思っていました。 ヒメボタルがいそうな環境は三田にもあるからきっといるにちがいない、と最初は みんな意気込んで探しました。けれど、なかなかみつかりませんでした。それが、もう 忘れかけていたころ、予想していた季節からひと月も後の7月上旬に、三田市の北部 でみつかったのです。このときの感激は、たぶん一生忘れないと思います。
 最後に強調しておきたいのですが、ホタルもさることながら、一番の成果は、いっし よに活動する仲間ができたことだと思います。得られた情報は私一人ではとても集め られない量でしたし、一人でくじけてしまう作業でも、みんなでやると楽しくできる ものです。メンバーの方々からは、活動がきっかけになって足元の環境に目を向ける ようになった、という声をずいぶんいただきました。「人と自然の共生」はまた、「人 と人との共生」でなくてはならない。あらためてそんなことを学んだような気がしてい ます。
(系統分類研究部  八木 剛)


三田で見られる3種のホタル
 左からゲンジボタル(オス・体長約17mm)、ヘイケボタル(メス)、ヒメボタル (メス、体長約4.5mm)。すべて同じ倍率で撮影したものです。ヒメボタルのメス は、他の2種とちがい、後ろばねが退化していて飛ぶことはできません(この標本は ボランティアの粟井信行氏提供)。

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Copyright(C) 1995,1996, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 1996/03/16