「展示こぼれ話」(2)
ジオラマのブナの木は切られるのを嫌がった
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展示室1階の『ブナ林のジオラマ』には何本かのブナの木がつかわれている。これらは九頭竜川源流域のブナ林からもってきたものである。ジオラマでは、兵庫県の代表的なブナ林である氷ノ山のブナ林を再現しようとしたのだが、県内ではもちろん県外でももはやブナの木はほとんど伐採されていない。方々探して、ようやく岐阜県の木材業者が自社の山で伐採をしていることを知り、交渉した結果、ジオラマ用の伐採をしてもらうことになった。標本採集を依頼した外部の専門家といっしょに私も作業状況を見に行った。
ジオラマでは地面から木が生えているように見せる必要があるので、伐採の仕方が普通とはまったく違う。斜面に生えている木は下のほうが曲がっており、ジオラマ用には特にその部分を利用して実際の山の斜面の感じを出さなければいけない。それで、切る前に根の周りを掘ることから始めるのだ。細いものや林道から近いものは簡単に掘り取ることができたのだが、問題はもっとも太いブナである。これは枝振りがよくて選んだのだが、胸高直径が70cm、根方の直径は1m以上あり、しかも林道から20m以上も上に生えている。パワーショベルが使えないのスコップで大まかに掘ったあと、素手や熊手を使って根の周りから土や小石を取り除き、現れた根をチェーンソーで切るのであるが、複雑にからみ合った根が抱いている石はとれないし、チェーンソーが石をかんで刃がすぐダメになるし、なかなか大変な作業だった。しかし、木材業者と展示業者に我々も総出でやって、最後に横に張り出した何本かの太い根をチェーンソーで切り、ついに木は倒れた。
つぎはこれをトラックに積まなければならない。展示室1階の天井高は6m75cmあるため、伐採した木は約7mの長さで上の部分を切り落とす。さらに、枝は幹から10cm程度のところで切り、幹側と枝側に同じ番号をつけてあとでつなぎ合わせられるようにしておく。これらを傷つけないようにこもで包み、クレーン車で吊ってトラックに積むのである。一番太いブナは下から7mのところでも直径は50cm以上あり、このまま切断すると斜面を転がり落ちそうであるが、ここまできたらやるしかないとチェーンソーの刃を入れた。案の定、幹は上部の枝の支えを失って転がり始め、重たい根を下にドドッと大きな音をたてながら落ちて行った。平坦な林道のところで止まるだろうと思っていたが、加速度のついた幹は林道でも止まらず、大きくバウンドするとその下の茂みまで落ちて行った。それは一瞬の出来事で、皆「あー」とか「おー」とか意味のない叫び声を出してただ見ているだけだった。
気を取り直して幹を引き上げる作業を始めた。いろいろ思案した結果、周りの大きな木に滑車を固定してワイヤーをかけ、トラックでひっぱることになった。しかし、11トントラックの馬力をもってしても幹は上がらない。そのうち滑車を固定していたワイヤーが切れ、目の前を唸りを上げて飛んで行った。あれに当たったらひとたまりもないと思うとぞっとした。ひっぱり上げるのは無理だということで、つぎはクレーン車で吊ることになった。業者のクレーン車は5トン程度の小さいものだったので、いざ吊り上げようとしたらクレーン車のほうが浮き上がりひっくり返りそうになった。後日、大型クレーンで吊ったとき約10トンあったから、この時は切った直後で水をたっぷり含んでおり11〜12トンはあったのである。仕方なく片方づつ徐々にずり上げ、ついに林道まで上げることに成功した。さらに、トラックにも慎重に吊って積み終え、これでさしものブナも観念したかにみえた。しかしその後も、カビが生えたり、樹皮がはがれたり、ブナは抵抗し続けたが、ついにジオラマは完成したのである。
木材業者の人達は「俺らは木を切るのが仕事で木を掘るのは初めてや。こんな大変な仕事は二度とご免だ。」と言っていたが、「博物館で木の姿のままずっと役立つんだから、このブナも喜んでいるだろう。」とも言っていた。ブナの材は狂いが大きいため、ふつうはチップにされパルプなどに使われたり、床板にされる程度だそうだ。最近は環境保護の観点からブナ林の保護が叫ばれ、伐採されることがなくなった。日本の代表的な森であるブナ林は、豊富な動植物を育む命の森であり保護されねばならない。ブナ林はたいていの自然系博物館で何らかの形で取り上げられるわけだが、今後新しくジオラマを作る時は全部レプリカにするなど何か別の手を考えなくてはいけなくなるだろう。
(系統分類研究部 高橋 晃)
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Copyright(C) 1998, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 1998/03/20