博物館に期待する

大阪大学教授 鳴海邦碩

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子供に開かれた博物館
 兵庫県の<人と自然の博物館>のオープンが近づいているという話を聞くにつけ、つくづく「兵庫の子供たちは幸せだな」と思います。
 もうずいぶん古い話になりますが、中学時代のわたくしは、やんちゃな野球少年であると同時に、科学少年でもありました。科学少年といえば聞こえがいいのですが、実は山のなかで化石堀りに凝っていたのです。その化石がいつごろのものか今はもう忘れましたが、砂の層があり、そこからそれほど固くない貝の化石が層をなして出てきたことを今も覚えています。
 そのころの理科の教師が、大学をおえて赴任してきたばかりの地学の先生で、わたくしたちの化石の収穫物について解説してくれました。実はあの山は、かつて陸奥湾の一部だったのだと。そして砂の中にも小さな化石がいっぱいあるのだと。
 なるほど砂の中には小さな貝殻のような化石がいっぱいありました。その教師に教えられて、点描のスケッチをたくさん描いたわけです。それは珪藻の化石でした。
 その教師はまた、今の陸奥湾にも同じような生物がたくさんいるのだ、とも教えてくれました。そして、浅虫にある通称<水族館>、東北大学の臨海実験所にいったら現在の珪藻の標本があるかもしれない、と知恵をさずけてくれたのです。
 早速、汽車を乗継いで、2時間ばかりもかかってその研究所を訪れてみました。そこにある標本や描画をみせてもらい、それを模写したのです。こうして取りまとめた<研究>をさる新聞社の<子供の科学研究コンクール>で発表したところ、思いもかけなく県代表に選ばれました。
 少し話は長くなりましたが、何も子供のころの自慢話がしたかったのではありません。子供の興味に対する理科の教師のアドバイスもさることながら、それが確かめられるちゃんとした施設があった、というリンケージの重要さをいいたかったわけです。
 冒頭に述べました、「兵庫の子供たちは幸せだな」ということはそのことなのです。<人と自然の博物館>はこの種のものでは、全国的にも第一級のものだと聞きます。それを利用できる兵庫の子供たちは幸せだと思います。
 そんなわけだから、是非、子供たちの環境や自然研究の拠点にしていただきたいと思います。開かれた博物館です。

風景からみることの重要性
「風景は、人間とその営みを問いつつ見つめる地球生命(心情)の目だ。」これは、最近読んだ内田芳明さんの本(『風景とは何か』朝日選書)にあった言葉で、印象に残っているものです。
 内田さんは西洋古代史の研究者であると同時に人間の文明に関する思索家でもあり、思索の過程で「自然」や「風景」の重要さを確信するようになったそうです。
 環境問題が多くの関心を集めており、環境に関する会議が世界の各地で開かれるようになってきています。それはそれで人間の文明にとって画期的なことなのですが、どうも「環境という物の視点」で議論されているのではないか、と内田さんは判断しています。
 物の視点で環境を議論すると、「どこまで開発が許されるか」といったように、功利的・実用的な議論になりがちです。それでは人間の文明のしくみは変わらないわけで、「物の視点から心情の視点に転換する必要がある」と内田さんは説いています。それが風景の視点なのです。
 わたしたちが将来に求めるべきなのは、自然と共生し共存しうる文明です。その文明は、<人間とその営みを問いつつ見つめる地球生命(心情)の目>として風景に表れてきます。
 内田さんは、西欧の都市は、アジアの都市に比べて、自然と共生するしくみを見出している、と判断しています。つまり、風景の構想力をもっているというのです。
 建築家の原宏司さんは「東洋には、もともと(近代的な開発によって風景の・・著者挿入)破綻をゆるすような空間の組み立てがあるのではないだろうか。」と述べています。なぜアジアの都市がそうなのか、こうした問題に取り組むことも、将来の環境を考えていく上での重要な課題ではないでしょうか。
 この博物館の名前は、博物館が<人と自然の共生のあり方>をテーマにしていることを象徴しています。そこにこの博物館のユニークさがうかがえるわけですが、<風景>という観点も是非取り入れて欲しいと思います。
 冒頭に「兵庫の子供たちは幸せだな」と述べましたが、この博物館の役割からしますと、「世界の子供たちは幸せだな」と言い換えないといけないのかもしれません。それだけこの博物館の役割に対する期待は大きいわけです。<think globally, act locally>ということでしょうか。

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Copyright(C) 1998, Museum of Nature and Human Activities, Hyogo
Revised 1998/03/20