ユニバーサル・ミュージアムをめざして9
失語症者に助けてもらう−2
デイジー,つまりDAISYというのは,Digital Accessible Information Systemの事です.デジタル情報を得るために、年齢や障がいがあってもなくても、誰でも使えるシステムを作ろうという、デジタル録音図書製作の国際規格です。本が好きな視覚障がい者や高齢者,さらに,難読症とか識字障がいとも呼ばれるディスレクシアやADHDの人でも,本が読めます.本や文章を声で記録したり,機械に読ませたりして,自由に再生して聞けるように工夫なのです。字が画面に映り,読んでいるところは背景の色が変わります.
マルチメディア・デイジーというのもあって,これだと絵や写真が入れられます.絵や写真なんて,あっても,なくても,視覚障がい者には関係がないかもしれません.でも高齢者やデスレクシアの人がデイジーを使う時には,なくてはならないのです.絵や写真があるかないかでイメージは大きく変わります.イメージが豊かに脹(ふく)らむのです.これを読んでいるあなたは健常であっても,絵や写真でイメージが脹(ふく)らむことは同じでしょう.そうではないですか?
このひとはくブログで「失語症者に助けてもらう−1」を書いた後,しばらくして,「『デイジー』とか"DAISY"とか言ったって,いったい何の事かわからない」と,何人かの人から文句を言われました.もっともです.
特定非営利活動法人 支援技術開発機構のホームページ「DAISYについて」を見て下さい.わたしが言っている事の意味が,よくわかると思います.
さらに詳(くわ)しく知りたい方は,障害保健福祉研究情報システムの数多くの文献を参考にして下さい.
もともとデイジーは視覚障がい者が読書をするために開発された技術です.わたしは,それを,博物館や美術館の展示解説に利用できないかと考えたのです.利用できるかどうかを確かめてみるには,何か展示解説の文章をデイジーで作ってみて,コミュニケーション障がい者に試しに読んでもらうのが早道です.でも,本物の展示なしに解説だけを読んでほしいと言ったって,それは無理でしょう.
そこで,デイジー版の『くんくんくん おいしそう』を作って,見てもらう事にしました.作ったのが次のものです.
もともとの『くんくんくん おいしそう』のはじまり
実際には,この絵本を機械が読んで,読んでいるところの文章が,順番に一行,黄色い色がつきます.でも,これだと字が小さいですね.字は大きい方が見やすいかもしれません.
ひらがなのまま、少し字を大きくした『くんくんくん おいしそう』
大分,見やすくなったのではありませんか? でも,文章が,「ひらがな」と「カタカナ」ばかりです.皆さんは不思議に思われるかもしれませんが,コミュニケーション障がい者には,「ひらがな」と「カタカナ」ばかりだと,かえって読みにくい人がいるのです.失語症者は,特にそうです.
そこで,わざと子ども用に書いた『くんくんくん おいしそう』の原文を,いったん漢字に直す事にしました.分かち書きはそのままです.
字を大きくして、漢字に直した『くんくんくん おいしそう』
デイジーですから,漢字に直しても機械が読んでくれます.いかがでしょうか?
『くんくんくん おいしそう』の本の紹介も,しておきましょう.それは,こんなお話です.
アフリカのンドキの森にいるゴリラと,チンパンジーと,アフリカゾウが,果物(くだもの)の甘い匂いに誘われて,1本の木にやって来ます.みんなは,おいしい果物(くだもの)を食べて,満足して帰っていきます.その帰り道,ゴリラも,チンパンジーも,アフリカゾウも,お腹がいっぱいになったので,ウンチをしながら帰ります.そして,何日も何日も雨が降ります.ゴリラが気がつくと,ゴリラのウンチからは,あの果物(くだもの)の芽が出ていました.チンパンジーやアフリカゾウのウンチからも,芽が出ている事でしょう.その芽が,やがて若木に育ちました.ゴリラはそれを見て,それが果物(くだもの)を実らせる木だと気がつき,うれしくなりました.
このお話は,基本的に事実です.ゴリラも,チンパンジーも,アフリカゾウも,だいたい同じ種類の果物(くだもの)を食べます.そして,ゴリラも,チンパンジーも,アフリカゾウも,ウンチには,生きた種が入っています.やがてその種(たね)は,ウンチからいっせいに芽を出し,その内の1本が生き残って,次の世代の森を作るのです.
果物(くだもの)の木はゴリラや,チンパンジーや,アフリカゾウに種(たね)を運んでもらい,ゴリラや,チンパンジーや,アフリカゾウは,果物(くだもの)を食べる事で次の世代の森を作ります.持ちつ持たれつの関係です.
ゴリラのウンチを見つけると,わたしは大喜びで拾い,水で洗って,ゴリラが食べているものを確かめたものですが,ある日,わざとゴリラのウンチを,そのまま放っておいた事があります.どうなったかというと,ウンチからは,ゴリラの食べた果物(くだもの)の種(たね)が,本当に,いっせいに芽吹いたのです(写真).
字を大きくし,漢字に直したデイジー版『くんくんくん おいしそう』は,協力して下さった多くの失語症者には,理解できたようです.ただ,どうしても理解できない人もいました.どうしたのでしょう? 何か,まだ足りない事があるのでしょうか?
つづきは次に書きます.
三谷 雅純(みたに まさずみ)
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障害保健福祉研究情報システムの数多くの文献から,ここでは「DAISYとEPUBは読書のユニバーサルデザインをどう実現するのか」という,河村 宏さんというデイジーの開発に深く関わってこられた方の講演内容を,ごく簡単に紹介しておきます.
DAISY(デイジー)というのは,さまざまな社会的に弱い立場の人が本を読めるようにしようというデジタル録音図書製作の国際規格です.それとは別に,EPUB(イーパブ:EpubやePubと書く事もあります)と呼ばれる規格があります.今,はやりの電子出版のひとつで,将来的には標準形式になるかもしれません.河村さんによると,DAISY(デイジー)とEPUB(イーパブ)は兄弟や姉妹のような関係にあり,近い内に,互いに互いの形式に代われるようになるそうです.
つまり,電子出版で出ている本をEPUB(イーパブ)で取っておけば,簡単にDAISY(デイジー)に変換できるし,反対も簡単になりそうだと言うのです.
DAISY(デイジー)とEPUB(イーパブ)を調べてみると,どちらもXHTMLという言葉で表した形式で,もともと近いものだったようです.そう言えば,このひとはくブログもHTMLという言葉で表したものですね.HTMLで表しておくと,どんなコンピュータでも再生できて,便利なのだそうです.