ユニバーサル・ミュージアムをめざして7
さまざまな色覚−2
今回書くことは、クラスでプリントを配ったり、色チョークを使ったりする学校の先生にも、きっと役立つはずです。先生が配色を考慮してくれたら、しなくてよい苦労をせずにすむ生徒は、どこのクラスにもいるのです。前回から書いていることは、博物館に関係した方だけでなく、まだ色覚のことにくわしくない学校の先生にも、読んでいただきたいのです。
さて、
インドネシア、ジャワ島のパンガンダランという海岸近くの森に住むカニクイザルは、たいていは3色型色覚ですが、たまに2色型色覚のオスがいます。2色型色覚では、光の具合によって赤と緑の区別が難しいのです。皆さんは、そんなカニクイザルは、さぞかし緑の木の葉の中からでは赤い実を見つけるのに苦労していると思ったことでしょう。ところがそのカニクイザルは、3色型色覚のカニクイザルと同じように、何の不自由もなく、赤いおいしい実をじょうずに選んで食べていたそうです。2色型の色覚は、森で生きていくのに、たいして問題にはならないのでしょうか?
ヒトの色覚は遺伝的な多様性を示します。血液型と同じことです。ヒトは霊長類ですが、カニクイザルをはじめ多くの霊長類の仲間でも基本は同じです。多くの3色型色覚の個体がいて、少しだけ2色型の個体がいる。ヒトの2色型色覚は男に多く、女には少ないのですが、それも同じだと思います。この色覚の多様性は、自然の中では問題になりません。
ヒトは、長い間、狩猟採集生活をしてきました。その生活は、何万年か、何十万年か、ことによると、何百万年よりももっと長い間続けてきたのかもしれません。チンパンジーはさまざまな動物を捕(つか)まえて食べてしまいますが、チンパンジーの〈狩り〉を「狩猟」と呼ぶのなら、ヒトの狩猟もチンパンジーの時代から続いてきた事になるからです。そんな長い時間を、ヒトは色覚を意識せずに暮らしてきました。農耕が起こってからも同じです。
くわしく説明しましょう。ものごとの性質は色だけで決まるわけではありません。つややかな光沢や新鮮な匂い、触った時の張りのある感触でも、おいしいか、おいしくないかがわかります。役に立つか、立たないかがわかるのです。ヒト本来の狩猟採集生活や農耕生活では、このような色以外の手がかりがあって、3色型色覚であるとか、2色型色覚であるとかに関わりなく、生活ができたのです。
それではなぜ、現代に生きる人は2色型色覚を問題にするのでしょうか? それは、印刷したりテレビやコンピュータの画面に映ったものには、色以外の手がかりがないからです。
いくらおいしそうに印刷してあっても、印刷物は実物とは違います。料理をテレビやコンピュータの画面に映しても、おいしそうな匂いまでは再現できないのです。
わたしたちの回りには、印刷したものや画像があふれています。人と自然の博物館も同じです。パンフレットや展示解説にしても、情報端末(じょうほう・たんまつ)と呼ばれるコンピュータの画面にしても、2色型色覚を意識しなければ、きっと見にくい来館者がいるのです。そしてそんな人は、多数者が想像する以上に多いのです。
3色型色覚の人が2色型色覚の人の見え方を体験する事は可能でしょうか? 3色型色覚の人用に2色型色覚の人の見え方を、擬似的(ぎじてき)に体験できるコンピュータ・ソフトがあります。わたしがよく使っているのは、Windowsで使えるカラードクターというソフトです。
カラードクター 2.1 for Windows
これ以外にも、さまざまな色覚シミュレーション・ソフトが公開されています。有料のものや無料のものがあります。お好きなものをお使い下さい。
いろいろな色覚シミュレーション・ソフト
ためしに、わたしが撮った博物館での野外活動のようすを、色覚を変えて見てみましょう。写真の左側が3色型色覚の人が見た時のようす、右側が2色型色覚の人が見た時のようすです。
厳密には、2色型色覚といっても、びみょうに異なる色覚があるのでますが、ここでは代表的な色覚を取り上げました。くわしくは、カラー・ユニバーサルデザインの解説を見て下さい。
カラーユニバーサルデザインとは?
このふたつの図の比較で、2色型色覚の人は、(1)赤が黒っぽくなって目立たないこと、(2)緑の葉は黄色く見える事、一方、(3)中央の青いブラウスの色はそのまま見えている事がわかります。つまり、赤と緑は区別しにくいが、黄と青は見やすいのです。
この色の特性を考えて、色づかいのユニバーサルデザイン、つまりカラー・ユニバーサルデザインでは、どういう色を使えば多くの人に見やすくなるかが岡部正隆さんと伊藤啓さんの書かれた論文(岡部・伊藤,2002 細胞工学 21)に載っていました。紹介します。
岡部・伊藤,2002 細胞工学 21: 1080-1140
実際、どう見えるのかは2色型色覚の方に聞いてみるのが一番ですが、要は、色づかいでは、赤や紅色は避ける。使う場合はオレンジや赤紫をつかう。緑は避けて、使いたい場合は青や水色をつかう。青緑は灰色と混同しがちなので、青にしてしまう、といった事がポイントとして載っています。
わたしはこのような注意点だけでは不安なので、念のために色覚シミュレーション・ソフトを使っています。色のついたプリントを配るのなら、皆さんもシミュレーション・ソフトを使って、自分とは違う色覚の人がどのように見えているのかを確かめてみるといいと思います。
三谷 雅純(みたに まさずみ)