なぜ、「全国(ぜんこく)の失語症(しつごしょう)の皆(みな)さんとご家族(ご・かぞく)が人と自然の博物館(ひととしぜんのはくぶつかん)にお見え(お・み・え)になりました」を、あのような文章にしたのか
この文章は失語症ではない方を想定して書きました。失語症の方で、読みにくい場合は、介助者とともに読んでください。また、以下の文章では、題を簡単に「失語症の皆さんがお見えになりました」にすることにします。
さて、「失語症の皆さんがお見えになりました」は、もうお読みいただけましたか?
読んでみると、奇妙に思えるところがあったでしょう。たとえば漢字で書いた後に、わざわざ ひらがな で同じことを書いてあります。こういう場合、ふつうは「ルビを振る」といって、ひらがな を小さくし、横書きなら漢字の上や、縦書きの時は右どなりに書くものです。
また漢字も ひらがな もずいぶん大きな字をつかいました。ポイントでいうと、表題「全国(ぜんこく)の......」は16ポイント、本文は12ポイントをつかいました。ふつうはもっと小さく、10.5ポイントから12ポイントです。
漢字と ひらがな は、黒と青で書いています。文章の中に赤や緑はつかっていません。重要なこと、強調したいことは、赤で書くものではないのでしょうか?
原稿は、失語症者にとって、より理解しやすい文章をめざして、失語症当事者の小規模作業所「トークゆうゆう」の皆さんと共に作成したものです。「トークゆうゆう」の皆さんに意見をうかがうと、
◎ルビは漢字全部に、大きく振ってある方がよい。
◎文章の長いものは理解しにくい。
◎文章を読むのはむずかしいが、音声にすると理解できる方がいる。
◎文章は短く、3、4行にしておく。
ということでした。ここで、失語症というものを説明しておきましょう。
図1 失語症は言語障がいのひとつ 全国失語症友の会連合会(編)『易(やさ)しい失語症(しつごしょう)の本(ほん)第2版』(「言葉の海」臨時増刊94 2009年1月刊)より
図1を見ると、失語症は言語障がいのひとつとされていることがわかります。失語症によく似た障がいには、構音障がいや失声症、認知症があることがわかります。
失語症には、普通の失語症以外に、幼い子どもがかかる小児失語症があります。認知症にも、青年期や中年期の人がかかる若年性認知症があります。
構音障がいは、舌や口がマヒをしてろれつが回らなくなる障がいです。失声症は、声帯の障がいやストレスで声が出なくなった状態です。
失語症になると、脳のどこにダメージを受けたかで、人によっていろいろな症状があらわれます。よく見られるのは<話せない>とか、<書けない>という表現することがむずかしい症状です。
<話せない>人のなかには、「言葉が思い出せない」、「わかっているけど、うまく言えない」、「思っていることと違う音や言葉になる」、「まとまったことをじょうずに話せない」ことがむずかしい人がいます。
<書けない>人のなかには、「名前や住所(=固有名詞)が書けない」、「ひらがな を書くのがむずかしい」、「漢字で書くのがむずかしい」、「長い文章が書けない」などで困っている人がいます。
理解することがむずかしい人もいます。<聞いて理解することがむずかしい>人や、<読んで理解することがむずかしい>人です。
<聞いて理解することがむずかしい>人は、「早口で話されるとわからない」、「一度にたくさん話されるとわからない」、「話の内容を覚えていられない」といったむずかしさのある人です。
<読んで理解することがむずかしい>人は、「ひらがな がうまく読めない」、「漢字がうまく読めない」、「新聞や雑誌がわからない」、「説明書などがわからない」といったむずかしさのある人です。
ちなみに、わたしは脳塞栓症(のう・そくせん・しょう)の後遺症があり、構音(こうおん)障がいが主な障がいですが、疲れてくると「言葉が思い出せない」、「わかっているけど、うまく言えない」といった失語症の症状も出ます。他の方も、図1の症状の内、どれかだけという方は少ないと思います。
「トークゆうゆう」の皆さんに意見をうかがうと、「◎ルビは漢字全部に、大きく振ってある方がよい。」というのは、「ひらがな がうまく読めない」とか、「漢字がうまく読めない」といったむずかしさがある人には、「漢字(ひらがな)」と両方、どちらからでも意味がわかるようにしておく必要があることがわかります。小さなルビを振らなかったのは、高齢者で、老眼のために小さな字がわかりにくい人がいるためです。
「ひらがな がうまく読めない」という症状は、健常者にはわかりにくいことかもしれませんが、失語症者にはよくいらっしゃいます。「ひらがな がうまく読めない」人でも、漢字ならふつうに読めます。これは、ひらがな と漢字が、脳の中の異なった場所で認識されるためです。
漢字と ひらがな の色を変え、黒と青を使ったのはルビを本文と分けて文章としてわかりやすくしたかったのと、失語症者に限らず、よくいらっしゃる二色型色覚の人に配慮したものです。二色型色覚の人は、赤と緑と系統が混乱することがよくあります。
「◎文章の長いものは理解しにくい。」とか、「◎文章は短く、3、4行にしておく。」というのは、文章が長いとゴチャゴチャしてわかりにくくなったり、短期記憶という、短い時間だけ記憶しておく機能がダメージを受けている人がいるためです。
「◎文章を読むのはむずかしいが、音声にすると理解できる方がいる。」という意見は、ひらがな や漢字が読みにくかったり、読んで記憶しておくのはむずかしいが、音を聞くことは普通にできるような方の場合です。
反対に、音が聞くことがむずかしい中途失聴者は、失語症者によくいらっしゃいます。
ちなみに、失語症者に多い脳血管障がいのある人で、脳出血などを起こした場合は視覚障がいのある方がいらっしゃいます。
以上をまとめると、失語症者には:
1.漢字と ひらがな をあわせて書く。ひらがな のルビを振る場合は、小さくなりすぎないように気をつける。
2.文章は短くする。2,3行までにまとめる。
といった注意が必要でしょう。また、
3.失語症者に限らないが、安易に赤や緑を多用しない。
ということも、ユニバーサル・ミュージアムで使うテキストやホームページの文章には、配慮が必要だと思います。
全国失語症友の会連合会(編)『易(やさ)しい失語症(しつごしょう)の本(ほん) 第2版』(「言葉の海」臨時増刊94 2009年1月刊)を参考にさせていただきました。
兵庫県立大学 自然・環境科学研究所
(ひょうごけんりつだいがく しぜん・かんきょうかがく けんきゅうじょ)
/ 兵庫県立人と自然の博物館
(/ ひょうごけんりつひととしぜんの はくぶつかん)
三谷 雅純
(みたに まさずみ)
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2010.07.13