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ユニバーサル・ミュージアムをめざして22

 

サラマンカ宣言があった!ー2

 

三谷 雅純(みたに まさずみ)

 

 

 サラマンカ宣言では、ユネスコとスペイン政府が「特別なニーズが必要な子どもの教育をしっかりやろう」という理想を宣言しました。「特別なニーズが必要な子ども」というと、まず障がい児のことを思いうかべるかもしれません。でも、世界にはいろいろな子どもがいます。ストレート・チルドレンや難民の子ども、お金のために売られた子どももいるでしょう。女の子には教育は要らないという人もいます。そんな全ての子どもに援助が必要です。みんな「特別なニーズが必要な子ども」なのです。

 

 サラマンカ宣言では、まず地域の普通学校を想定しています。各地域には、保育や幼稚園で行う幼児教育から始まって、大学や大学院までさまざまな教育施設があります。日本では小学校と中学校が義務教育ですから、子どもは全て、小学校や中学校で教育を受ける権利があります。ただ、特別な場合は学校に行かずに家庭でいてよかったり、後には特別な教育をする学校に行ったりする時期が長くありました。「特殊教育」と言う、たとえば盲(もう)学校や聾(ろう)学校、養護(ようご)学校の事です。

 

 盲(もう)学校というのは盲(もう)や弱視(じゃくし)の子どもが通った学校です。ここでは点字(てんじ)を教えてくれました。点字(てんじ)というのは、紙にポツポツの穴が開いていて、普通の字と同じように何かの意味を読み取る字の書き方のことです。ただし、目ではなく、指先や、指のない人はくちびるで読み取ります。ちなみに、よくあるインクや鉛筆や筆(ふで)で書いた「目に頼る字」の事は、「点字(てんじ)」に対して「墨字(すみじ)」と呼びます。

 

 聾(ろう)学校というのは、ろうの子どもや難聴(なんちょう)の子どもが通った学校です。ここが普通の学校と違うのは、システムは学校によって少し違うのですが、手話(しゅわ)で授業が受けられた事です。手話(しゅわ)というのは、多くの人が使う発話言語(はつわ・げんご)とは違います。ジェスチャーや指の動き、表情で伝える言葉です。言うなら「耳に頼る言語」ではなく「目に頼る言語」なのです。ろうや難聴(なんちょう)の子どもは、学校で手話(しゅわ)が禁止されていた頃から、友だちとのお喋りや遊びを通して手話(しゅわ)を身に付けたものでした。ですから、手話(しゅわ)はもともと人工的に作られた「仮の言葉」などではなく、自然な本来の言葉なのです。

 

 その他に、知的障がいのある子どもや自閉症の子ども、知的障がいはないのだが、手や足がなかったり、マヒがあったりする子どもがいます。そのような子どもが通うのが養護(ようご)学校でした。この学校に点字(てんじ)や手話(しゅわ)のように特別なコミュニケーション手段はないのですが、でも子どもの感性や才能が特殊な場合がよくあります。絵を描(か)く事に特別な才能を持っていたり、音楽は、一度聞けば全部憶えるという子どももいます。ですから先生は、子どもの持っている可能性に感覚を研ぎ澄まさねばならないはずです。先生自身に学習障がいのある、たとえば絵の才能が豊かな人なら、子どもの才能を見逃す事は少ないでしょう。

 

 このような特殊教育を行う学校は、つい最近、日本でも制度が変わりました。2007年4月に変わった特別支援学校による特別支援教育です。

 

 特別支援教育でも、元の盲(もう)学校や聾(ろう)学校のように、点字(てんじ)や手話(しゅわ)といった特別に訓練をした先生や、先生自身がもうやろうでないと教えられない事があります。ですから、名前は特別支援学校に変わりましたが、今でも元の盲(もう)学校や聾(ろう)学校に通う子どもたちは大勢います。

 

 でも、その子どもたちが特に望むのなら、地域の「普通学校」に通う事もできるようになりました――多くの市町村では、当事者の希望と障がいの種類や程度から、特別支援学校に通うべきか「普通学校」に通うべきかを「総合的に判断」するのだそうです (1)

 

☆   ☆

 

 わたしの目には、今、日本の教育は、古い「特殊教育」からサラマンカ宣言の理想としたシステムへ移っていく「渡り廊下(わたり・ろうか)」の途中にいるような気がします。古い「特殊教育」のシステムでは、特別に訓練をした先生や障がいのある先生が、子どもたちの障がいの種類や程度に応じて教えてくれますから効率的でしょう。その一方で、子どもは盲(もう)学校や聾(ろう)学校、養護(ようご)学校だけに通いますから、多数者の、つまり晴眼者や聴者といった人びととふれ合う機会は、それだけ少ないことになります。

 

 サラマンカ宣言の理想としたシステムでは、障がい児に限らず「特別なニーズが必要な子ども」は誰でも地域の学校に通います。そして地域の学校は、さまざまな「特別なニーズ」に対応できるようにカリキュラムや教育内容、設備をそろえていくのです。この事から、「社会は元来、さまざまな人びとで成り立っていて、そのさまざまな人びとが、お互いを認め合う事で、力(ちから)を得るのだ」というインクルーシブな社会、ユニバーサル社会 (2) の理想に近づくことができると思います。ただ、インクルーシブな社会やユニバーサルな社会を実現するためには、まだまだ乗りこえるべきハードルがあるように思います。その事を教育について考えてみましょう。

 

 まず、特別に訓練を受けた先生の確保です。点字(てんじ)や手話(しゅわ)は、使える人が、まだまだ少ないコミュニケーション手段です。今いる先生に訓練を受けていただくといっても、コミュニケーション手段は小さい時から使っていなければ、なかなか本当に使えるようにはなりません。子どもの得意な事とか発達を認識するのも難しいかもしれません。

 

 「(子どもによって)複数の先生がひとつのクラスで、同時に教える」形態は、日本でもすでにあるのだと思いますが、ヨーロッパなどの「インクルーシブ教育」先進国では普通の事のようです。先生は教育技能の質が違っていて、言ってみれば「自分の得意技」で教育できるのです。しかし、先生のお給料は、2人いれば2倍、3人いれば3倍というふうにかかります。これは普通の出費と違って、社会全体の教育費ですから、ただ棄てるようなお金ではなく、未来への投資です。しかし、これを実現するには地域の人の理解が欠かせないでしょう。

 

 同様に、カリキュラムを増やし、新しい設備を入れるのにも、使いこなせる人材とお金が必要です。それを一度に変えるというのは難しそうです。日本の教育制度が、今、「渡り廊下(わたり・ろうか)」の途中にいるようなものだと思うのは、そんなわけです。

 

☆   ☆

 

 博物館のような生涯学習施設は、義務教育のための小学校や中学校とは違うかもしれません。でも生涯学習施設なら、今はまだユニバーサルであったり、インクルーシブであったりすることは少ないのですが、もともとが「全ての人びとに開かれている(べき)施設」です。わたしは「サラマンカ宣言の理想としたシステム」に、いちばん近いように思います。

 

 もちろん、義務教育のところで述べたように、制度を作り直す難しさや、お金の心配、言い換えれば、さまざまな人の使いやすさを市民がどれだけ理解してくれるかといった難しさはあります。それにもまして、館員自身の理解がおぼつかないのでは話になりません。まずは、そこから始めなければならないからです。

 

 ですが、生涯学習施設――博物館以外にも美術館や図書館がありますし、最近では、たとえば放送大学などは生涯学習施設の色彩があると思います――なら誰でも、どのような立場の人でも学ぶ事ができます。そしてもうひとつ大切な事は、計画の時から、みんなで参加する事です(これを実現できている施設は少ないと思います)。

 

 計画といっても、何も「設計図を引くところから」という意味ではありません(観客として来た人が設計図を引いてくれたら、思いもよらない発想の生涯学習施設ができて、おもしろいと思うのですが)。たとえば、計画する人のなかに視覚障がい者がいれば、ガラスで囲まれた展示物は、やがてなくなるでしょう。ガラスで囲まれていたのでは、触る事ができないからです。母語が日本語でない人がいたら、やがて日本語だけの展示解説というのもなくなるでしょう。また認知症や学習障がい者、失語症者のようなコミュニケーション障がい者が入っていれば、展示解説をくふうして、よくある字(漢字・ひらがな・カタカナ)だけの解説から、ビデオや絵が出て、同時に読み上げてくれるようなマルチメディアの展示解説がいいと言うかもしれません。

 

 計画段階からいろいろ多様な人が参加する事で、本当に使いやすいユニバーサルでインクルーシブなもの――見た目も大切です――ができるのです。

 

 前にも書いたと思います。ユニバーサルでインクルーシブな生涯学習施設は、ユニバーサルでインクルーシブな社会の雛形(ひながた)です。サラマンカ宣言の精神は、そこで具体的に求められているのだと思います。

 

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(1) 竹内まり子 (2010) 「特別支援教育をめぐる近年の動向―『障害者の権利に関する条約』の締結に向けて―」(国立国会図書館 ISSUE BRIEF 調査と情報,第684号,pp. 12. [http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_3050393_po_0684.pdf?contentNo=1]

 

(2) 兵庫県(2005  ひょうごユニバーサル社会づくり総合指針.兵庫県,pp. 30. [http://www.universal-hyogo.jp/contents/outline/shishin.html]

 

 

三谷 雅純(みたに まさずみ)

兵庫県立大学 自然・環境科学研究所

/人と自然の博物館

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